鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

世界史

長安 - 世界の都市の物語 -

現在の支那大陸、陝西省の省都西安はかつて長安と呼ばれる大都市でした。黄河が几状に湾曲する内側(南側)に位置し、南を秦嶺山脈に隔てられ東は函谷関、潼関の険に守られています。西は細い回廊である甘粛回廊に囲まれた盆地を渭水(いすい)盆地と呼びま…

ラージャグリハ(王舎城) - 世界の都市の物語 -

今回はインド史や仏典に詳しくない一般の方は全く知らない都市だと思います。しかし仏教徒には忘れてならない重要都市です。釈尊が初めて布教した都市で時のマガダ国王ビンビサーラも釈尊に帰依しました。有名な竹林精舎もラージャグリハにあります。現在の…

エルサレム - 世界の都市の物語 -

考えてみたら世界の都市の物語シリーズもずいぶん長くなりました。最初はパリから始まってロンドン、テーベ、カイロ、北京、トレド、ウィーン、杭州、バルフ、セレウキアとクテシフォン、アンティオキア、メルブ、開封、パータリプトラ、アレッポ、サマルカ…

世界史における『点と線』

過去記事『支那事変における『点と線』批判に対する再批判』の続きになります。かなり前の記事なので覚えている方はほとんどいないと思いますが、そこでは支那事変で日本軍が都市(点)と補給線(線)しか支配できなかったので負けるのが当然とした論は軍事…

支那史に関する与太話

今ちょうど岡田英弘氏の『皇帝たちの中国』を読んでいます。これを買ったきっかけは、YOUTUBEで岡田氏の妻である東洋史学者宮脇淳子先生が同書を解説していたからです。私は宮脇先生が大好きで、勝手に「ずんこ先生」と呼んで慕っています。本人が知ったら怒…

劉邦、朱元璋が成功して李自成、張献忠が失敗した理由

世界史、支那史に興味のある方は少ないと思うのでスルーして下さいな。世界史書庫の前記事秦良玉の話で明末の反乱指導者張献忠について触れましたが、あまりにもお粗末な末路でした。せっかく蜀(四川地方)を得たのに、それを生かすどころか無意味な殺戮を…

明末の女傑 秦良玉

久しぶりの世界史記事です。たまたま明末の農民反乱指導者で四川省において屠蜀(としょく 蜀【四川】地方の住民大虐殺という意味)という極悪非道なことをしでかした大悪人張献忠の末路がどうなったか気になって調べていた時に見つけた人物です。 その前に…

ハンマーと金床戦術がアレクサンドロス大王の死後退化した理由

あまり興味のある方はいないと思いますが、書評『アレクサンドロス大王 その戦略と戦術』を書いて以来、ハンマーと金床戦術がなぜ衰退したかについてずっと考えています。このブログでは何回も説明したので知らない人はいないと思いますが、もし初めて読む方…

古代の農業生産力

最近、ネットの世界史動画を見ていて縄文時代の日本は意外と豊かだったという話を聞きました。確かに日本は温暖で海の幸山の幸も豊富だったというのは理解できます。それに加えて実は稲作は縄文時代末期から始まったと知ってさもありなんと思いました。 過去…

キュロス2世とマッサゲタイの女王

史上二番目の世界帝国アケメネス朝ペルシアを築いたキュロス2世(紀元前600年ころ~紀元前529年)。現在のイラン南西部ペルシャ湾に面した小国アンシャンの王として生まれながら、宗主国メディアを倒し、現在のトルコにあったリディア、オリエントの中心だっ…

秦の昭襄王を苦しめた北方遊牧民義渠(ぎきょ)

あまり支那の歴史に詳しくない方は、春秋戦国時代の秦が早くから超大国で支那統一をしたのも当然だと思っているでしょう。ところが秦は中原諸国から見たら西戎と区別のつかない蛮夷の国で文化の遅れた後進国、しかも国家間の約束も守れない虎狼之国と蔑まれ…

匈奴配下のローマ兵?

ネットでたまたま見たんですが、漢と匈奴の戦争の時、漢軍が匈奴に従っていた異質の軍隊を捕虜にし現在の甘粛省に連行、定住させたとありました。与太話の類かと思って調べたら出典は漢書・陳湯伝だそうです。 該当部分を記すと『紀元前36年、漢西域、最高長…

朝鮮出兵時の朝鮮八道石高

これは参謀本部が編纂した『朝鮮の役』に載っていたデータですが、参謀本部が同書で指摘していた通り正確なものではありません。というのも日本軍は短期間占領していただけで本格的検地などされなかったからです。朝鮮半島のように農業生産力の低い土地は石…

可敦城の話

前記事で可敦城は遼王朝がモンゴル高原支配の拠点として建設したと書きましたが、その後調べた結果ウイグル時代(744年~840年)に唐から迎えた和蕃公主(唐が異民族君主を懐柔する目的で嫁がせた皇女)の居城として築かせたのが最初だと分かりました。 では…

モンゴル遊牧国家の首都とオルホン川

久々の世界史記事、それもマイナーな話題で恐縮です。ほとんどの人は興味ないと思いますのでスルーしてください。過去記事『モンゴル五大河川と地勢』でモンゴル高原を本拠地とする遊牧国家(シナ呼称行国)は、モンゴル高原の中央を流れるオルホン川かその…

後百済の話

誰も興味ないでしょうが、日本史書庫で刀伊の入寇シリーズを書こうと調べていたときにふと興味を覚えたので残しておこうと思い記事にしました。と言ってもネット上で集めただけの情報なので非常に薄いものだということは予めお断りしておきます。 新羅は朝鮮…

黄河の大洪水1938年

東京オリンピックのおかげであまり報じられませんが、支那大陸黄河流域では豪雨による大洪水で深刻な被害が出ています。鄭州では地下鉄のトンネルが長さ4㎞にわたって冠水し6000名以上が亡くなったのでは?とも言われます。 黄河はその名の通り上流の黄土高…

陳勝・呉広の乱で農民が反乱に踏み切った理由

世界史で習ったので覚えている人もいるでしょうが、支那大陸最初の統一王朝秦滅亡の原因となった反乱として有名ですよね。知らない人も多いと思うので簡単に説明すると、秦は過酷な法治政治で人民を弾圧し不満が蓄積していました。どんな理由があろうと法律…

春秋時代の晋、戦国時代の魏が強国になった理由

古代シナのマニアックな話なので興味ない方はスルーしてください。 シナ大陸の地理をご存知の方は、古代の人口密集地は黄河中流域、几上湾曲部の東から河南省と山東省の境界くらいまでの所謂中原だったことをご存知だと思います。「中原に鹿を逐う」という言…

なぜ七王国の一つ、ウェセックスは強大化したか?

マイナーなイギリス史ばかり続いて付いてこれない方も多いと思います。これでイギリスシリーズは一応打ち止めなので興味ない方はスルーお願いします。 5世紀初頭、ローマ帝国がブリテン島から撤退したために生じた権力の空白。それに付け込むようにブリテン…

アーサー王の都キャメロット

アーサー王伝説にでてくる都キャメロット。アーサー王に仮託される5世紀後半から6世紀初頭頃イングランドを統一したとされる王は実在したと言われます。ただアーサー王物語にある聖杯伝説や円卓の騎士などは後世の脚色で史実とは言い難いとされます。ですか…

アーサー王伝説とサルマタイ人

前記事でアーサー王伝説のモデルとなった当時のブリテンの王がいたと考察しました。 ローマ帝国時代、スコットランドを除くブリテン島はローマ帝国の属州ブリタンニアでした。世界史に詳しい方ならご存知だと思いますが、属州には二種類あり比較的安定し文官…

アーサー王終焉の地アヴァロンはグランストンベリーか?

アーサー王は5世紀末から6世紀初頭ブリトン人(ケルト人)を率いて侵略者アングル人、サクソン人、ジュート人などのゲルマン系諸族と戦ったとされ一応実在したと言われます。 アーサー王の出自には様々な説があります。ブリトン人の王子説、アルトリウスとい…

古代支那の兄弟の呼び方

古代支那史に関心のない方にはチンプンカンプンだと思うのでスルーお願いします。 俗に伯仲叔季という言葉があります。これは古代支那で兄弟の順番の呼び名です。伯が長男、仲が次男、叔は三男以下、季は末っ子を表します。四人兄弟なら綺麗に当てはまるんで…

サマルカンド - 世界の都市の物語 -

古代ギリシャ人はアラル海にそそぐ大河アムダリアをオクサス河と呼びました。アラル海にそそぐアムダリアともう一つの大河シルダリアの間の土地をトランスオクシアナと言います。同じく古代支那の史書ではこれを河間地方と名付けました。トランスオクシアナ…

殷墟と朝歌と鄴

マニアックでごめんなさい。世界史に興味のない方にはチンプンカンプンだと思うのでスルーお願いします。 殷墟というのは皆さんが世界史で習った殷王朝の首都遺跡です。ただ近年の研究では商王朝というのが正しいとされます。殷というのは金石文の解読からそ…

司馬懿の先祖と司馬遷の先祖

私(鳳山)の悪い癖は一つの記事を書くと関連項目を調べないと気が済まなくなることです。ですから熱中しているときの集中力は凄いんですが、熱しやすく冷めやすいのですぐ忘れます。支那史上の有名人の子孫、先祖を調べていくうちの関連話です。歴史に興味…

竇猗房(とういぼう)、数奇な運命の皇后

宮城谷昌光氏の短編小説に『花の歳月』という作品があります。私の中では『鳳凰の冠』と共に宮城谷作品では五本の指に入る傑作短編だと評価しています。宮城谷さんはどんな主人公でも爽やかに書きすぎる悪癖がありますが、この二作に関してはそれが成功して…

昌平君の数奇な運命

支那戦国時代、楚の滅亡関連話の一つです。 秦の始皇帝が天下統一するころ、秦の重臣に昌平君(紀元前271年~紀元前223年)という人がいました。昌平君は称号で本名は熊啓。熊という氏から分かる通り楚人でした。では楚人がどうして秦の重臣になれたのか疑問…

項氏と王氏の因縁

久しぶりの世界史記事、マニアックな話題なので興味ない方はスルー推奨です。 漢の高祖劉邦と天下を争った項羽。劉邦も項羽もともに戦国七雄の一つ楚国の出身で最初は協力して宿敵秦を滅ぼしました。楚人は祖国を滅ぼした秦に深い恨みを抱き「たとえ三戸(非…