鳳山雑記帳はてなブログ

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#世界史

マガダ国の征服地域

もはや、余程のもの好き以外ついてこれないマニアックな世界に入っていますが、パータリプトラ話の続きです。仏典によると、マガダ国の王アジャータシャトルは殺害した父ビンビサーラが仏教教団を保護したことから、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの心理状態から…

パータリプトラ  - 世界の都市の物語 -

パータリプトラは現在のインド・ビハール州の州都パトナにあたります。仏典やインド古代史に詳しい方じゃないと分からないと思いますが、この地は古代インドで強勢を誇ったマガダ国の首都です。世界史で習ったアショカ王のマウリア朝も正式にはマウリア朝マ…

古代都市の推定人口

たまたまネットを見ていたら古代都市の推定人口が載っていたので嬉しくなって記事にしました。 メンフィス…古代エジプトの首都。BC3000年ですでに3万人の人口を数えた。 ウルク・・・メソポタミアに栄えたシュメール文明の中心都市。BC3000年代で人口4万5千…

フランス革命Ⅶ ブリュメール18日のクーデター (終章)

ネルソン提督率いるイギリス艦隊によってエジプトにナポレオンが孤立していた時、1798年12月イギリス首相小ピットの提唱で第二次対仏大同盟が結成されます。参加するのはイギリス、オーストリア、ロシア、ポルトガル、そしてなんとオスマン帝国まで!第一次…

フランス革命Ⅵ 総裁政府の混迷

独裁者ロベスピエールを倒して誕生したテルミドール右派による政権は1795年革命色の強すぎる1793年憲法を修正し、行政権は新たに設けられた5人の総裁が担うようになりました。これを総裁政府と呼びます。総裁政府というとフランス史にある程度知識がある方は…

フランス革命Ⅴ 革命独裁とテルミドール反動

※ ロベスピエール ※ ダヴィットの有名な歴史画 『マラーの死』 ※ マラー暗殺犯 シャルロット・コルデー 1793年7月13日、ロベス・ピエールの盟友で山岳派の指導者のひとりジャン=ポール・マラーは持病の皮膚病を悪化させパリの自宅で入浴療法を施していました…

フランス革命Ⅳ 王制廃止と国王の死

1792年4月に勃発した革命戦争。フランス革命の自国への波及を恐れるイギリス、オーストリア、プロイセン、スペイン、オランダなどは攻勢を強めます。各地で連戦連敗のフランス軍ですが、祖国の危機に国民が立ち上がり義勇兵として続々と参加しました。この時…

フランス革命Ⅲ 革命戦争

バスティーユ監獄襲撃は象徴的な事件でした。この段階でルイ16世の統治能力は崩壊していたと思います。国民議会は事態を収拾するため1789年8月4日封建的特権廃止を決議、ついでアメリカ独立宣言を範として人権宣言を採択します。自由、法的平等、所有権の不…

フランス革命Ⅱ バスティーユ監獄襲撃

皆さんはフランス革命についてどのような印象をお持ちでしょうか?私のような中年以降のオールドファンなら『ベルサイユのばら』あるいは『ラ・セーヌの星』のイメージかもしれません。ただこれらは戦後左翼史観にどっぷりつかった革命絶対正義、絶対王政(…

フランス革命Ⅰ 革命への道

1770年5月16日、フランスは祝賀ムードで溢れかえっていました。ルイ15世の王太孫ルイ・オーギュストとオーストリア女帝マリア・テレジアの11女マリア・アントーニアとの婚儀です。後のルイ16世と王妃マリー・アントワネット(フランス語読み)でした。この時…

ルイ16世は、やりようによっては死ななくても良かったのでは?

皆さんは、王妃マリー・アントワネットと共にフランス革命で断頭台の露と消えたルイ16世にどんな印象を持っていますか?ベルサイユのばらのファンなら、気が弱くてお人好し、妻の尻に敷かれているが好人物という印象があるかもしれません。また戦後日本の史…

北アメリカ大陸の農耕の歴史

インディアン話の続きなんですが、なぜ彼らは少数者であったイギリス人をはじめとする欧州の白人たちに土地を奪われ殺され駆逐されていったか考えていたんです。私はインディアン側もそこまで人口が多くなかったのではないかと想像しました。 いきなり話は飛…

テカムセの呪い

最後、オカルトめいた話になるので不思議書庫でも良かったんですが、一応史実なので世界史書庫にしました。 南北アメリカ大陸に人類が住み始めたのは1万5千年前だと言われます。氷河期、凍結したベーリング海峡をマンモスを追いながら北米大陸に至った人たち…

開封  - 世界の都市の物語 -

本当に忘れたころにやってくる『世界の都市の物語』シリーズ。最近の私の世界史記事傾向から遊牧民か黄河関係の記事になるだろうと想像していた貴方、正解です(笑)。 今回紹介する記事も黄河と無関係ではありません。突然ですがクイズです。皆さんは長江と…

女真族が強いのか漢族が弱すぎるのか?

今、『遊牧民から見た世界史』(杉山正明著 日経ビジネス文庫)を読んでいるんですが、よく見てみたらすでに10年前くらいに読んだ本でした。最近ボケが進んでいるんでしょうね、同じ本を何度も買う事が頻繁にあります。本棚を整理してみると『失敗の本質』と…

オルドスの重要性

チベット高原の北西の辺縁、青海省バヤンカラ山脈を源流とし黄土高原を巡って中原に達し渤海湾にそそぐ全長5464㎞の大河黄河。黄土高原を通るため黄砂が交じり黄土色の河になります。上流の肥沃な土砂が中下流に氾濫原を形成しました。そこは麦作の適地で豊…

蒙古馬と汗血馬

※ 蒙古馬 ※ 汗血馬の子孫と言われるトルクメニスタン原産のアハルテケ種 最近、『馬と黄河と長城の中国史』(西野広祥著 PHP文庫)という本を読みました。著者の支那史理解は怪しいものがありますが、馬の歴史と黄河の地理は私の知識が乏しかったこともあり…

京観  恐ろしい風習

画像は恐ろしいので紹介しません。カンボジアのポルポト政権の虐殺の跡を想像していただければ当たらずとも遠からずです(苦笑)。あるいは欧州のカタコンベ(地下墓地)かエジプトのネクロポリスか? 京観とは、戦争のあと勝利者が敵の捕虜を殺しその頭蓋骨…

チャガタイ汗国の興亡

世界史でチンギス汗の建てたモンゴル帝国は元朝、キプチャク汗国、チャガタイ汗国、オゴタイ汗国、イル汗国の五つに分裂したと習ったと思います。そのうちフビライ汗の元朝が明の太祖朱元璋に滅ぼされたことは多くの人が知っていても、その他の4国がどうな…

『ラビ川の戦い』話の続き ラホールの重要性

一般の方は興味ないでしょうからスルーしてください。私は一つの事に興味を持つとその関連の事を調べなくては気が済まない悪い癖をもっていまして、1306年ラビ川の戦いがどうして起こったのか原因を考えてみました。と言っても資料が少なく、あくまで私が調…

ラビ川の戦い1306年

YouTubeを見ていて、たまたまラビ川の戦い1306年という動画を見つけました。不勉強にして知らなかったのでネットで検索してみると、wikiにすら載っていませんでした。 ただ1306年、インド地方という情報を頼りにどうもデリースルタン朝時代(1206年~1506年…

アクスム王国とエチオピア

アフリカの人種の中でエチオピア人はネグロイドとコーカソイドの中間的特徴を持っているとされます。エチオピア人種は白人と黒人の混血人種とも言われますが、成立過程が良く分かっていません。ただ、アラビア半島と近く、紅海を渡ってきた民族がエチオピア…

夏太后話の続き どうでも良い事ですが…

夏太后って、wikiによると安国君の側室になった時は夏姫って呼ばれていたらしいですが、これってちょっとおかしい事に気付きました。まさかと思って史記の日本語訳も確認したんですが確かに書かれていました。 ところが古代支那史をちょっとでもかじった者な…

世界史の胸糞悪くなる話2  奴隷貿易

あんまりシリーズ化したくない題材なんですが、南米史を書いていて奴隷貿易とは切っても切れない関係だと考えて記事にしなければと勝手な使命感を抱きました。高校世界史ではおそらく表面だけさらっとしか語らないと思うので、今回どれほど酷かったのか見て…

太平洋戦争におけるペルー、チリの装甲艦比較

南米史シリーズ、とくに太平洋戦争記事が続きますがペルー海軍とチリ海軍の主力装甲艦を比較してみました。ちなみに年代が近い日清戦争時の両国の主力艦のデータも載せています。 清国の定遠は戦艦ですから別格としても、年代が新しい分フランスで建造された…

パラグアイ戦争と太平洋戦争の教訓

今回の記事は与太話なのでまじめな歴史記事を求める方はご遠慮ください。 パラグアイ戦争と(南米の)太平洋戦争は現代を生きる我々にも多くの教訓を残していると思うんです。負けた側はどうやったら勝てたか?勝てないにしても破滅を防ぐことはできなかった…

日本人が知らない太平洋戦争

太平洋戦争と言って一般日本人が連想するのは1941年12月8日から始まる戦争だと思います。しかしこれは戦後GHQが押し付けた名称であり日本では大東亜戦争と呼ぶのが正しいです。一方、世界史では太平洋戦争と言えば1879年から1884年まで戦われた南米チリとボ…

パラグアイ戦争 知られざる本土決戦

南米パラグアイの歴史は意外と古いものがあります。1536年スペインの探検隊はラプラタ河口デルタ地帯にブエノスアイレスを建設しました。ところが現地人に攻撃され町を放棄。ラプラタ河を遡り翌1337年中流域にアスンシオンを建設、ようやく定住に成功します…

インカの反乱

ピサロによってあっさりと滅ぼされた印象のあるインカ帝国ですが、流石に無抵抗というわけではありませんでした。最後の皇帝アタワルパを人質にされいわば騙し討ちのような形で滅ぼされたので、むしろ滅亡後にスペイン人に対する反発が激しくなったとも言え…

インカ帝国(後編)

前編でインカ帝国の成り立ちを記したわけですが、ここではまず滅ぼした側であるスペインの事情から説明しましょう。 スペインが新大陸と関りを持ったのは、アラゴン王国のフェルナンド2世と結婚し現在のスペインを形成したカスティリアの女王イサベル1世が14…