鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

#世界史

インカ帝国(前編)

南北アメリカ大陸に人類が渡ってきたのは氷河期が終わる約1万2500年前より以前だと言われます。当時海退が進みベーリング海峡は地続きでした。ベーリング海峡は現在でも水深42mしかありませんからかっこうの陸橋だったのでしょう。人々はマンモスを追いこの…

チューダー朝Ⅵ アルマダ海戦(終章)

即位したエリザベス1世は、ウィリアム・セシルを国務卿、ニコラス・ベーコンを国璽尚書とするなど人事を固めます。次に手を付けたのは宗教政策でした。それまでカトリックかプロテスタントかはっきりしないイングランド国教会をはっきりプロテスタント寄りに…

チューダー朝Ⅴ エリザベス1世立つ

ヘンリー8世は傲慢短気で女癖の悪い最悪の性格を持った国王でした。にもかかわらずイングランドが破綻しなかったのは暗愚ではなかったからです。もし暗愚だったら離婚問題で揉めたときローマカトリック体制を離脱しイングランド国教会を作るなど思いもよらな…

チューダー朝Ⅳ ヘンリー8世とイングランド国教会創設

1501年イングランド南部プリマス港に見慣れない豪華な船団が入ってきました。上陸したのはスペイン王女キャサリン・オブ・アラゴンとそれに付き従ってきた数多くの従者たち。もちろん豪華な引き出物と一緒でした。イングランド国王ヘンリー7世の王太子アーサ…

チューダー朝Ⅲ ヘンリー7世の即位

1485年8月22日のボズワースの戦い。リチャード3世のイングランド軍8千、日和見のスタンリー兄弟軍6千を合わせても1万4千。一方リッチモンド伯ヘンリーの兵はわずか5千。同じ天下分け目の関ケ原と比べ随分と兵力が少ない印象を受けた方も多いと思います。 そ…

チューダー朝Ⅱ ボズワースの戦い

ランカスター家、ヨーク家という王位継承権を持つ王族の争い薔薇戦争。30年続いた内戦は後半ヨーク家の優位が定まってきました。一度はランカスター家に王位を奪われたエドワード4世が実力で王冠を奪い返し復位します。ランカスター家の王ヘンリー6世はロン…

チューダー朝Ⅰ チューダー家の出自

イギリスはブリテン島のイングランド、ウェールズ、スコットランドと北部アイルランドから成る連合王国です。日本のイギリス呼称の語源はポルトガル語のイングレスから来ていますが、これはイングランドの事です。外国からはイギリスの中心がイングランドと…

欧州主要国の人口推移

ちょっと見にくいですが拡大してもらうと分かる通り欧州主要国の100年ごとの人口推移です。 人口が多いという事はそれだけ大人口を養えるだけの国力があるという事を意味します。ですから人口=国力と言っても過言ではありません。日本において石高がほぼ人…

マリンチェ 売国奴か運命に翻弄された女か?

最近世界史面白エピソードシリーズが続いていますが、実は欧州史でシリーズものを予定していましてそれまでの箸休めとお思いください。 マリンチェという女性ですが、あまり聞いたことがない名前だと思います。1502年頃生まれ1527年あるいは1529年死去してい…

イエメン王と予言

世界史には時々不思議としか言いようのない出来事があります。この話も資料がないのでどこまで本当の話か分からないのですが、1918年から1962年まで今の北イエメンの地にシーア派の一派ザイード派のイマーム(指導者の意味。特にシーア派では最高指導者を意…

天空の城ラピュタは実在した?

最近、歴史ネタに困っていましてこんな記事まで書いてしまいました(苦笑)。 ラピュタと言えばスタジオジブリの傑作アニメ『天空の城ラピュタ』を思い浮かべるでしょう。元ネタはガリバー旅行記に出てくる空飛ぶ島ラピュタだそうです。それとは全く関係ない…

世界史の胸糞悪くなる話  幼王エドワード5世の末路

エドワード5世(在位1483年)は薔薇(ばら)戦争中に即位したヨーク朝のイングランド国王です。わずか12歳で即位し、戴冠式挙行前に強制退位させられロンドン塔に幽閉、その後行方不明になっています。 その前に薔薇戦争って何?という方のために過去記事を…

栄光のクメール王国

世界史では、「えっ?昔はそんな大国だったの?」と驚くような国がいくつかあります。一時東欧の覇者だったポーランド・リトアニア合同、北海沿岸のノルウェー、スウェーデン南部、ブリテン島の主要部まで支配したデンマーク北海帝国、有名どころだとポルト…

モンゴルのビルマ侵攻

史上空前の大帝国を建設したモンゴル。日本やベトナム、ジャワ島を中心にスマトラ、マレー半島、ボルネオ、セレベス、バリという広大な領土を誇ったマジャパヒト王国、西ではエジプト・マムルーク朝などモンゴル軍の侵攻を撃退できた国は幸運でしたが、他の…

大清帝国Ⅹ  辛亥革命(終章)

清代末期、阿片戦争から始まる一連の西洋列強の侵略で清は半植民地と化していきます。曽国藩、李鴻章、左宗棠ら太平天国鎮圧の功労者で朝廷の実力者になった者たちは、この事を憂い西洋の技術を取り入れなければどうにもならないと悟りました。 彼らは、第10…

大清帝国Ⅸ  太平天国の乱

19世紀初頭、広東省広州付近に客家出身の貧しい若者がいました。役人を志し科挙を受けようとしますが最初の県試、府試の段階で失敗。失意の日々を送ります。熱病にかかった男は、うなされていた夢枕で自分が救世主になるという予言を受けました。 若者の名を…

大清帝国Ⅷ  阿片戦争

清は満洲族が建てた国だけに外国人に寛容でした。康熙帝、雍正帝、乾隆帝時代イエズス会宣教師が数多く朝廷に仕え技術や文化を伝えます。ただ清は明に倣い国是として鎖国しました。海外交易は原則として朝貢に限られ日本に対する長崎貿易など一部例外がある…

大清帝国Ⅶ  十全老人

唐の太宗と並び支那史上一二を争う名君と称えれた康熙帝ですが、さしもの彼も晩年には猜疑心が強く頑固な老人になっていました。もともと満洲人は野蛮で支那風の礼儀などあって無きが如きものでしたが、満洲族貴族たちは支那の皇帝とは北方遊牧民族のカーン…

大清帝国Ⅵ  三藩の乱

摂政王ドルゴンは確かに有能な政治家・軍人でした。幼帝順治帝を擁し皇帝に等しい絶対権力をふるった彼がいなかったら清王朝成立はなかったかもしれません。ところが権力者の常、巨大な功績から慢心が生じ横暴が目立つようになりました。 成長した順治帝はこ…

大清帝国Ⅴ  国姓爺合戦

呉三桂が清軍を引き入れ北京に接近中という報告を受けた李自成は、あわてて即位の準備を始めます。準備を行わせたまま、軍勢を率いた李自成は迎え撃つため北京を出撃しました。この時李自成の軍は集まってきた雑軍を合わせて50万以上いたと言われます。が、…

大清帝国Ⅳ  明の滅亡

北京が李自成の反乱軍の攻撃で陥落し、山海関を守る呉三桂が清に援軍を求めてきたというのはどのような状況だったのでしょうか。神宗万暦帝以後最後の皇帝毅宗崇禎帝(すうていてい)に至る明の歴史を簡単に振り返ります。 明王朝末期、北虜南倭に苦しめられ…

大清帝国Ⅲ  摂政王ドルゴン

ホンタイジが創始し以後清朝の基本軍事制度となった八旗兵。旗はもともと満洲人の社会組織を基にしており白・黒・紅・藍など8色の旗に分けられていました。最初に作られたのは満洲八旗です。ついで帰順したモンゴル人を組織した蒙古八旗、降伏した遼東の明兵…

大清帝国Ⅱ  ホンタイジと清の建国

ヌルハチの晩年、後金は4人の執政ベイレが月番で国政を助けていました。ベイレとは満洲語で部族の長を意味します。ヌルハチが後継者を決めず亡くなったことから、ベイレたちが話し合いヌルハチの第8子ホンタイジが推されて皇帝となります。 ホンタイジは漢語…

大清帝国Ⅰ  ヌルハチ登場

大清帝国を打ち立てた民族女真(ジュシェン)。女直(ジュルチン)とも呼ばれる民族は12世紀長城を越え支那大陸淮河以北を平定し金王朝を開きました。半農半牧の民族で尚武の気風を持ち太平に慣れた宋の歩兵軍を圧倒します。 ところが、すぐ後にモンゴル高原…

万暦帝と朝鮮の役

明帝国の全盛期は3代永楽帝だと言われます。彼の死後明は緩やかな衰退に入りました。明の後半期を象徴する言葉に北虜南倭があります。北虜は元を滅ぼして成立した明王朝の体制が原因ですが、南倭をもたらしたのは明の海禁政策でした。 鎖国政策を行った明は…

世界史英雄列伝(45)明の世祖永楽帝(後編)

朱元璋が建国した当時、明の首都は南京応天府でした。明は江南の人士を中心にできた政権で知識人である儒学者たちもこれを支持します。モンゴル族の元があまりにも彼ら士大夫階級を圧迫したためにその反動で久々の漢民族王朝である明に傾斜したのかもしれま…

世界史英雄列伝(45)明の世祖永楽帝(前編)

乞食坊主から身を起こし天下を統一した不世出の英雄、明の太祖朱元璋。一世一元の制(一人の皇帝に一つの年号)を定めたのも彼で、年号から洪武帝ともよばれます。 洪武帝には正室馬皇后との間に4人の男子がいました。すなわち長男皇太子標。次男秦王樉(そ…

今後の世界史記事更新予定 2017年12月版

2015年にも同様の記事を書きました。 今後の世界史記事の更新予定 この中で実現できたのは、「五胡十六国時代から隋唐まで」「セポイの乱(インド大反乱)とムガール帝国の滅亡」「ローマ帝国の建国」でした。 一方、オリエント興亡史、七年戦争、ポーランド…

インド大反乱とムガール帝国の滅亡

ムガール帝国は第6代アウラングゼーブ帝崩御の後凋落の一途をたどります。皇帝の死後例によって皇位継承を巡る争いが勃発、ために皇帝権は安定せず在位数か月という事も珍しくありませんでした。シヴァージーの記事でも書いた通りマラーター同盟がインド南部…

世界史英雄列伝(44) シヴァージー 反ムガールの英雄(後編)

インドは2015年の統計で人口13億1千万。世界2位の大国です。少し古い情報ですが人口10億の時代(2000年代初め?)、ガンジス河沿岸の大平原、いわゆるヒンドスタン平原の主要部を占める北部17州だけで5億5千万人もいました。 この計算だと、デカン高原以南の…