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優曇華(うどんげ)の花とアイラトビカズラ(相良飛び葛)

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 この前優曇華の花の記事を書いたので気になって調べてみました(笑)。


 優曇華というのは仏教経典によると3000年に一度花が咲く幻の植物で咲いた時には金輪王が現世に出現すると言います。なんだかめでたい事のようですが、金輪王は金輪聖王とも呼び世の乱れた時に仏教の法(ダルマ)によって世界を統治する偉大な王なのだそうです。

 しかしよく考えてみると金輪聖王の出現は世の乱れが前提であって、その意味で優曇華の花が咲くのが古来不吉と言われてきた所以でした。仏典の法華経のほかに支那の南史、我が国の竹取物語源氏物語にもその記述があるそうです。

 ところで、優曇華といってもどんな植物か想像できる人は日本ではほとんどいないと思います。かく云う私も同様でした。ネットで調べた結果、優曇華がどういうものか確定した事実はないとのこと。ただ一説では南アジア原産のクワ科イチジク属の落葉高木フサナリイチジクか同じく南方原産のアイラトビカズラではないかとされます。

 どちらも古代支那には自生しておらず、もちろん日本にもなかったので3000年どころか永遠に花が咲くのを見ることはできなかったわけです。ところでアイラトビカズラという名前から日本で自生しているように感じた方も多いはず。

 実は、アイラトビカズラは熊本県北部山鹿市にある相良(あいら)観音近くに自生しているのです。最初は日本でここだけに存在していたのでアイラトビカズラという名前になったのだとか。現在では長崎県佐世保市などにも枝分かれしたものが自生しているそうですが、北部九州の方(それもごく一部)以外はまず知らない植物だと思います。

 南方原産(南アジアか東南アジア原産だと思われる)のアイラトビカズラがなぜ熊本県山鹿市にだけ存在するのかというと近くにある霊場相良観音が関係するのではないかと私は睨んでいます。というのも相良観音は伝教大師最澄が創建したと云われるからです。

 最澄は、遣唐使として唐に渡り浙江省東部にある霊山天台山で修業し多くの仏典を持ち帰りました。それが天台宗のルーツですが、私はこの時伝説の霊木優曇華(と彼が考えた)も日本に持ち帰ったのではないかと考えるのです。天台山は東アジアの多くの修行僧が集結していたはずで、その中で東南アジアから来た僧から優曇華の株を譲り受けたのではないかと想像しています。

 ただし南方原産なので温かい地方でしか育たず唯一生き残ったのが山鹿市のアイラトビカズラだったのではないでしょうか?



 さて本題の優曇華とされるアイラトビカズラの花ですが、山鹿市のものは樹齢1000年以上花はそれほど頻繁にではないものの何十年かに一度は咲くそうです。ただ1929年に35年ぶりに咲いた時は翌年(実際は二年後)満洲事変が勃発して日本は長い戦争の時代に突入しました。その意味では伝説は当たるのかも?怖いですね~恐ろしいですね~(笑)。