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「ロジスティクス―戦史に学ぶ物流戦略」 谷光太郎著

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 「素人は戦略を語り、プロは兵站を語る」と古来言われてきましたが、日本の近代戦史を調べてみるとその無理解ぶりには目を覆うばかりです。

 鉄道を利用し兵站線とすることで軍の機動を可能にし戦争に勝ってきたプロイセン流の軍事学を大モルトケの愛弟子メッケル少佐から学んだはずなのに、日本はプロイセン流の華麗な作戦面にだけ目がいったようで、その根底にある兵站の重要性は気づかなかったのでしょう。

 本書でも指摘していますが、兵站の重要性は戦国時代において戦国武将たちはよく理解していました。羽柴秀吉の故事でもそれは分かります。しかし徳川300年の平和が日本人から軍事脳を奪ったのかもしれません。

 兵站とは単に武器弾薬や食料の補給だけでなく、そのための組織、兵器・機械類の修理、後方医療、広義の意味では情報もまた兵站に含まれます。

 日本でこのことを力説しても理解できる人は少ないでしょうが、欧米では士官学校卒業の軍人にもっとも人気のある部門が兵站部だそうです。兵站はもっとも頭脳のいる部門なのです。日本でもてはやされた作戦参謀は空虚な作文でも通用する(ただし日本だけ)でしょうが、兵站ロジスティクス)は高度な数学的頭脳と戦争の展開、戦争後の状況を想像できる総合的な理解力が必要なのです。

 逆に日本陸軍では、兵站部門に回された士官学校卒業生は左遷だと嘆いたそうです。出世コースである陸軍大学にも兵站部門の参謀は受験できなかったそうですから呆れ果てます。


 本書は兵站の重要性をときには歴史的エピソードを織り交ぜながら分かりやすく解説しており、楽しくそして勉強になりました。目から鱗が何枚も落ちた感じです(笑)。



 ただ難点をひとつ。兵站の重要性を説いた本書だけにシュリーフェンプランに対する考察は残念でした。俗説の通り小モルトケの作戦変更が第1次大戦のドイツ敗戦であったという結論は、「補給戦」でマーチン・ファン クレフェルトが指摘している通り間違いです。当時の鉄道輸送は数十個師団を連続して攻勢作戦に従事させ得るほどの輸送力を持ちません。そして物資蓄積のための停止はスピードが命の本作戦の失敗を意味します。


 詳しくは「補給戦」に譲りますが、計算上ドイツ第1軍の機動は兵站の面から不可能です。兵站線の側面攻撃になる英軍のオランダ・ベルギーへの上陸作戦がなく、パルチザンも発生せず鉄道による補給が奇跡的にうまくいったと仮定しても、補給が途中で枯渇して敗北は必至でしょう。

 私がなぜそう言えるかというと、第2次世界大戦でドイツよりはるかに国力が高く、莫大な兵站能力を有していたアメリカでさえノルマンディ上陸後、ドイツ国境に大部隊が到着する段階で一時補給の危機が訪れていたという事実です。アルデンヌ攻勢は、連合軍側の理由も大きな要因だったと言えるでしょう。

 成功するかどうかは別として、一大補給港であったアントワープを最終目標にしたヒトラーは慧眼だったといえるかもしれません。




 まあ、そんな細かい欠点はありますが本書は一読の価値あり、と言えます。そして兵站に興味を持ったらぜひ「海上護衛戦」と「補給戦」まで進んでほしいと思います。