鳳山雑記帳はてなブログ

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2019-09-03から1日間の記事一覧

世界史上難攻不落の城 城塞都市カルカソンヌ

フランス南西部、ピレネー山脈の裾野、北端あたりにあります。大西洋と地中海を結ぶ街道上に位置し交通の要衝です。その歴史は古く紀元前6世紀以降のガリア人に起源があるとも言われています。その後ローマの支配下に入り城塞都市として整備されました。要衝…

世界史上難攻不落の城 カーリンジャル城

この城も前記事で出てきたシェール・シャー所縁の城です。と言ってもシェール・シャーが築いたわけではなく彼がこの城を攻める最中、砲弾の爆発事故で不慮の最期を遂げています。 敵はラージプート族。インド北西部ラージャスタン州を中心にインド北部、主に…

世界史上難攻不落の城 ロータス・フォート

忘れたころにやって来る難攻不落シリーズ。一時中断したのは私の知識が欧州、中東、極東に偏っていて中央アジアやインドの難攻不落の城に自信がなかったからです。中央アジアの主要都市(当然周囲を城壁に囲まれた城塞都市)は、一見難攻不落に見えてもモン…

ローマ軍の野営地『カストラ』

これまで何回か書いたと思いますが、共和政期、帝政期と通じてローマ軍が強かった理由は兵站を最も重視した事です。海路を使えれば主要な港を押さえ、内陸を進軍する場合は要所要所に野営地をもうけ補給拠点としました。この野営地を『カストラ』と呼びます…

スキピオ・アシアティクスとマグネシアの戦い

ルキウス・コルネリウス・スキピオ・アシアティクス(紀元前2世紀、 生没年不詳)、どこかで聞いたことのある名だと思います。実はこの人、ザマの戦いでカルタゴのハンニバルを破った共和政ローマ救国の英雄スキピオ・アフリカヌスの実の兄です。スキピオ家…

クセノフォンとクナクサの戦い

ソクラテスの弟子クセノフォンが記した『アナバシス』。ギリシャ語で「上がり」という意味ですが、アケメネス朝ペルシャの王位継承戦争に傭兵として参加したクセノフォンたちが、敵中に孤立し苦難の末小アジアを抜けてギリシャに帰り着くという内容です。日…

フィリッポス2世とカイロネイアの戦い

アレクサンドロス大王を生んだ国マケドニア。ギリシャ世界の北縁に位置しギリシャ世界のヘレネス(ポリスの市民である文明世界の住民という意味)とは異質のバルバロイ(蛮族)と蔑まれました。実際、ポリスの共和制とは違う王制を採用しますが、民族的には…

ベーラ4世とモヒの戦い

ヨーロッパ中央部、チェコからスロバキア、ポーランド、ウクライナ、ルーマニアと半円形に広がるカルパチア山脈。山脈に囲まれた盆地あるいは平原をパンノニア地方と呼びます。この地は後にハンガリーとも呼ばれました。もともとパンノニア族やゴート族が住…

アエミリウス・パウルスとピュドナの戦い(後編)

アレクサンドロス大王の父フィリッポス2世が作った『ハンマーと金床戦術』。サリッサと呼ばれる5mもの長さの槍で武装した重装歩兵ペゼタイロイのマケドニア式ファランクス(密集歩兵陣)を金床として敵部隊を拘束し、両翼の重装騎兵ヘタイロイがハンマーとな…

アエミリウス・パウルスとピュドナの戦い(前編)

ギリシャの一角に興り欧亜に跨る大帝国を築いたアレクサンドロス大王。彼の死後将軍たちが大王の遺領を巡って激しく争い3者が生き残りました。すなわちアンティゴノス朝マケドニア、セレウコス朝シリア、プトレマイオス朝エジプトです。これをディアドコイ(…

墨守

古代支那戦国時代は諸子百家と言われる思想家たちが多数出てきた時代でもありました。有名なものでは孔子・孟子の儒家、老子・荘子の道家、儒家の荀子から発展した法家などがあげられます。その一つに兼愛非攻の博愛主義を掲げた墨子の墨家がありました。 墨…

テキサス問題と米墨戦争

1776年の独立以来膨張を続けるアメリカ合衆国。イギリスの植民地だったミシシッピ河東岸を獲得したのは1700年代末から1800年代初頭にかけてでした。当時人口の大半はアパラチア山脈から大西洋岸にかけての独立した13州とその周辺に密集していました。ただ自…

パウル・フォン・レットウ=フォルベック  アフリカの獅子

第1次世界大戦が始まる前、ドイツ帝国は海外に植民地を持っていました。植民地大国である英仏には及ばずともアフリカには現在のナミビアに当たる独領南西アフリカ、現在のカメルーンに当たる独領西アフリカ、独領トーゴランド、現在のタンザニアに当たる独領…

アレッポとアレッポ城 - 世界の都市の物語 -

アレッポはシリア最大の都市で人口167万人を誇ります。シリア内戦でたびたび話題になる北部の要衝でその起源は少なくとも紀元前3500年くらいにもなるという世界最古の都市の一つです。写真を見てもらうと分かる通り、市街の真ん中に漫画のような楕円形の丘が…

世界史上難攻不落の城、襄陽城

5回に渡って見てきた世界史上難攻不落の城。その半分は住民も防衛戦に参加する城塞都市でした。というのは、日本と違い洋の東西を問わず大陸では落城=自分たちの国の滅亡で住民は殺されるか奴隷に落とされるかの過酷な運命だったからです。その意味では、住…

世界史上難攻不落の城、マサダの城塞

今回のマサダは知っている人が多いかもしれません。場所はイスラエル、死海の畔、西岸にある岩山です。死海から見ると標高400mもあります。ところが海抜0m。その理由は死海が海抜マイナス400mだからです。死海から地中海まで100㎞くらいしかありませんが、マ…

世界史上難攻不落の城、クラック・デ・シュヴァリエ

場所はシリアのレバノン国境近く、標高650mの山頂にある十字軍の城です。もともとは地元イスラム土侯の城でしたが第一回十字軍(1096年~1099年)の時、ツールーズ伯レイモンに攻め落とされました。その後紆余曲折がありトリポリ伯レイモン2世から1142年聖ヨ…

世界史上難攻不落の城、城塞都市ターボル

チェコの首都プラハの南方80㎞、ルジュニツェ川と湖沼に囲まれた高台の上にターボルはあります。ここはフス戦争の時、ヤン・ジシュカ率いるフス派の根拠地として築城されました。実は前記事マリエンブルク城の戦いと関係なくもないんです。フス派はヤン・フ…

世界史上難攻不落の城、マリエンブルク城

日本の城ベスト30に不満があったので私が独自に選ぶベスト10を書こうと思っているんですが、まずは世界の難攻不落の城をいくつか見ていこうかと思います。 名前を聞いてもよほど世界史に詳しい方じゃないとご存じないと思いますが、この城はポーランドにあり…

タンネンベルクの大殲滅戦

※ この記事は2006年3月26日にヤフーブログで書いた記事をリニューアルしたものです。 歴史上、ポーランドに位置するタンネンベルクでは2度大きな戦いが起きています。一度は1410年、ドイツ騎士団とポーランド・リトアニア連合軍との間で戦われドイツ騎士団は…

ンジンガ女王は民族の英雄かそれとも悪女か?

偶然ネットを見て最近知っただけで詳しい知識はありません。内容も浅くwiki程度ですので間違いや勘違いもあると思います。その際はコメントでご指摘いただければ修正いたします。 ナポレオンやカエサル、アレクサンドロス大王にハンニバルなど有名どころは書…

アッシリア伝説の女王セミラミス

最初に私事から。私は歴史全般が好きですが特に中央アジアの歴史には興味があります。昔から気になっていた『バクトリア王国の興亡』(前田耕作著)という本も、アマゾンの古本ですら6000円を超える高額な書籍で買えませんでした。ところが今回ちくま学芸文…

亡国の民は蔑まれる 杞憂と宋襄の仁

諺に『杞憂』というものがあります。心配する必要がないことをあれこれ心配する事、取り越し苦労を指す言葉です。由来を話すと、古代支那に杞という国がありました。杞の人がいつか天が崩れて落ちてくるのではないかと心配し夜も眠れなかったことから杞人の…

商人の語源

一般に交易を生業とする人を商人(しょうにん)と呼びます。実はこの語源には悲しい話があり、本来は「しょうじん」と言いました。 舞台は紀元前11世紀の支那大陸。日本では一般に殷王朝と呼ばれますが、当時支那大陸の中原(黄河中流域)を中心に周辺地域を…