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書評 「アフガニスタン紀行」(岩村忍著 朝日文庫)

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 私が好きな学者は二人います。一人は植物学者中尾佐助先生。もう一人が中央アジア史学者岩村忍先生です。両者の共通点は、学者であるにもかかわらず文章が抜群に上手い事。下手な作家とは比べ物になりません。

 岩村先生と言えば、「文明の十字路=中央アジアの歴史」「暗殺者教団」「西域」など数々の名著がありますよね。今でも読み返すくらいの愛読書です。私のシルクロードへの憧れは岩村先生の本の影響といっても過言ではありません。

 その岩村先生が書かれたアフガニスタン紀行、とても面白い本でした。1979年ソ連侵攻から始まり今も尚戦乱が続くアフガニスタン。本書はそのはるか前1954年にアフガニスタンに学術調査に入った記録です。調査の目的は、チンギス汗の子孫と称するモンゴル語を話すモゴール族を探す事。苦労の末発見するのですが、各地に分散して民族としてのまとまりは無いとのこと。かつての侵略者の子孫が、いまでは差別される存在に成り下がっていた事に感慨深いものがありました。

 アフガニスタンは、7000m級の山々が連なるヒンズークシ山脈が国土の大半を占める高原の国。国土の中央を東西に走るヒンズークシ山脈によって大きく分けられます。山脈の北はアフガン・トルキスタンと呼ばれるトルキスタンの一部。かつてはバルフという交易都市が栄えました。山脈南部は、東側がパキスタン北部と合わせてガンダーラ地方と呼ばれます。最近タリバンが破壊した世界遺産バーミヤンの仏像はヒンズークシ山脈の南麓バーミヤン盆地にあります。

 首都カブールも、バーミヤンの東カブール盆地に位置します。古代の街道はインドから有名なカイバル峠を越えカブール盆地、バーミヤン盆地を経てヒンズークシ山脈を山越え、そこから二つに分かれます。東よりのルートはクンドゥズを越え現タジキスタンへ、西寄りルートはマザリシャリフ、バルフから現ウズベキスタンに至りました。

 マザリシャリフから北上するルートがおそらく古代の幹線道路で、シルダリア、アムダリア両大河に挟まれたアラル海沿岸地方、西洋史でいうトランスオクシアナ地方に向かうのです。アレクサンドロス大王もチンギス汗もこのルートを通ってアフガニスタンに攻め込んだのでしょう。

 首都カブールからは、ガズニ朝の中心地ガズニからカンダハール、そこからパキスタン南部に入る南西街道も出ていて交通の要衝でした。首都に選ばれたのも納得です。アフガニスタンは山岳地帯が大半で、残りは草原地帯、西部はイランから続く砂漠地帯ですが、河川沿いでは小規模な農業が行われているそうです。興味深いのは小麦だけでなく米も栽培されていて支配階級は米をピラフ状の料理にして食べているそうです。水稲栽培の手間暇を考えれば納得できます。アフガニスタンは米を食べるインド文化と小麦を食べるシリア文化のちょうど境界線なんでしょう。

 アフガニスタンの国名にもなったアフガン族の別名を持つパシュトゥーン人が人口の45%を占め主流民族になっています。それ以外の民族はパシュトゥーン人に征服されたので必ずしも心服しているわけではないそうです。多民族国家の難しさですよね。特にスンニ派パシュトゥーン人に次ぐ勢力を持つ32%のタジク人、第3の勢力を占める12%のイラン系、ハザーラ人はシーア派で宗派対立は深刻です。

 こういう民族分布の複雑さが戦乱が止まない理由でしょう。おかげで公用語パシュトー語はアフガン全土では通じないそうです。意外にもペルシア語の方が通じるそうで、アフガニスタンがかつてはペルシャ(イラン)の勢力圏だった証拠だと思います。

 アフガニスタンは、鉄道がほとんどない国としても有名です。現在稼働している鉄道は、ウズベキスタンのテルメズから国境を越えアフガン北部マザリシャリフまで至る一本のみで、ソ連軍アフガン侵攻の際には補給ルートとして使われました。アフガン国内に鉄道網を作る計画は昔からあったそうですが、内戦が続いていて実現していません。難しい問題もあり、現在あるマザリシャリフの鉄道は1520mmのロシア広軌、イランから延伸する場合は標準軌の1435mmを採用しなければなりません。一方パキスタンは1676mm広軌なので隣国との関係もあり統一できません。

 余計なお世話ですが、私はパキスタンの1676mm広軌を採用するのが無難なような気がします。ロシア広軌なら再びロシア軍の侵攻を招きかねないし、イランならハザーラ人の力が増大する危険性があります。パシュトゥーン人パキスタン側にも住んでいるので、カブール政権を維持するならこちら側と結び付く方が彼らにとっては都合がよいと思います。もっとも他の民族は納得しないでしょうが…。

 こうして見てみると、アフガニスタンの状況は昔からほとんど変わって無いんだなと実感させられます。なかなか面白い本でした。