その絶頂期は春秋五覇の一人、晋の文公重耳の時代から始まることには異論がないでしょう。しかしその末期には六卿と言われる有力大臣に牛耳られ、公室は傀儡と化しました。
多くの有力貴族が興亡を繰り返し、最後は韓・魏・趙・士(范)・中行(荀氏の本家)・知(荀氏の分家)の六家が生き残ります。
ではこの六卿とはいったい何を表しているのでしょう?
一般には西周王朝の最高官である
六官六卿担当国務尚書省 六部
天官 | 大宰 | 国政を統括 | 吏部 |
地官 | 大司徒 | 教育、人事、土地 | 戸部 |
春官 | 大宗伯 | 礼法、祭祀 | 礼部 |
夏官 | 大司馬 | 軍政、兵馬 | 兵部 |
秋官 | 大司寇 | 刑罰 | 刑部 |
冬官 | 大司空 | 土木工作 | 工部 |
のことです。一番右に唐代の六部がどれに相当するか書いていますが国家を運営する上での基本的な官制なのでしょう。
しかし晋の場合はちょっと事情が違います。六人が正卿なのは同じですが、行政組織ではなく軍を基本としています。
すなわち中軍・上軍・下軍の三つの軍(一軍は周代の軍制では12500人)の大将(将)と副将(佐)がそのまま平時の最高官職になります。
席次を示すと
中軍将
中軍佐
上軍将
上軍佐
下軍将
下軍佐
の順番です。ですから中軍の将が他国で言うところの宰相に当たります。基本はこの6人ですが時代により新軍を創設したり、中行、上行、下行の新たな三軍を設けていますからその分だけ卿の数が増減しました。
諸侯は三軍、天子は九軍と言われますから、六軍をもった晋の強大さが分かりますね。
この六卿の変遷について2ちゃんねる「晋の六卿」スレですばらしい纏めを発見したので載せておきます。
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趙氏 趙衰:重耳につき従い亡命 趙盾:霊公に粛清されそうになる 趙朔:霊公暗殺の罪を着せられて粛清 趙武:父趙朔の死後、趙氏滅亡寸前に陥る 趙鞅:中行氏・范氏の乱で滅ぼされかける 趙無恤:知瑤に晋陽を水攻めにされる
魏氏 魏犨:重耳につき従い亡命、罪を得て車右を辞めさせられる 魏舒:会盟後の余興の山狩りで獲物を炙り出そうと山に火をつけたら、自分が巻き込まれて焼死
知氏 知罃:楚の捕虜となる 知朔&知盈:相次いで早世 知瑤:趙・魏・韓に攻められ知氏滅亡
中行氏 荀林父(中行林父):邲の敗戦で自殺しかけるが止められる 荀寅(中行寅):反乱に失敗して斉に亡命、中行氏滅亡
范氏 士会(范会):秦に亡命 士鞅(范鞅):秦に亡命、士吉射反乱の責任を問われて失脚 士吉射(范吉射):反乱に失敗して斉に亡命、范氏滅亡
郤氏 郤缺:父の郤芮が乱を起こしたため、庶民として野に隠れる 三郤:厲公に粛清されて郤氏滅亡
狐氏 狐毛&狐偃:重耳につき従い亡命 狐射姑:趙盾との権力争いに破れ亡命、狐氏滅亡
胥氏 胥臣:重耳につき従い亡命 胥克:精神病でクビ 胥童:欒書に粛清されて胥氏滅亡
先氏 先軫:重耳につき従い亡命、狄との戦いで戦死 先克:士縠(士会の兄)達に暗殺される 先穀:反乱に失敗して戦死、先氏滅亡
韓氏 特になし
韓氏が危機に見舞われなかったのも凄いが、それ以上に趙氏の何と波乱万丈な人生よ。
魏氏 魏犨:重耳につき従い亡命、罪を得て車右を辞めさせられる 魏舒:会盟後の余興の山狩りで獲物を炙り出そうと山に火をつけたら、自分が巻き込まれて焼死
知氏 知罃:楚の捕虜となる 知朔&知盈:相次いで早世 知瑤:趙・魏・韓に攻められ知氏滅亡
中行氏 荀林父(中行林父):邲の敗戦で自殺しかけるが止められる 荀寅(中行寅):反乱に失敗して斉に亡命、中行氏滅亡
范氏 士会(范会):秦に亡命 士鞅(范鞅):秦に亡命、士吉射反乱の責任を問われて失脚 士吉射(范吉射):反乱に失敗して斉に亡命、范氏滅亡
郤氏 郤缺:父の郤芮が乱を起こしたため、庶民として野に隠れる 三郤:厲公に粛清されて郤氏滅亡
狐氏 狐毛&狐偃:重耳につき従い亡命 狐射姑:趙盾との権力争いに破れ亡命、狐氏滅亡
胥氏 胥臣:重耳につき従い亡命 胥克:精神病でクビ 胥童:欒書に粛清されて胥氏滅亡
先氏 先軫:重耳につき従い亡命、狄との戦いで戦死 先克:士縠(士会の兄)達に暗殺される 先穀:反乱に失敗して戦死、先氏滅亡
韓氏 特になし
韓氏が危機に見舞われなかったのも凄いが、それ以上に趙氏の何と波乱万丈な人生よ。
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いやあよく纏めてありますね。感心します!実はいま宮城谷昌光氏の「重耳」を読み返しておりまして、丁度この時代がマイブームになっているので記事にしました(笑)。この時代の知識がない方にはチンプンカンプンな話でしたね。すみません、完全な自己満足でございます(爆)。
追記:あとこれも凄い!
>韓氏 特になし
強いて挙げれば、叔向と共に楚へ使いした際に霊王に足切り・宮刑を
喰らいそうになった事と、欒氏の滅亡後に、遺領のうちの州の領有権を巡って
范宣子・趙武と争ったことか
前者は楚の賢臣であるイ啓彊の諫言で救われ、後者も後に自領の原と交換する
かたちで落着させて怨まれる様なリスクは回避してるが
もっともいずれにしても他の氏族に較べればずっと危険度は低いものだなあ
強いて挙げれば、叔向と共に楚へ使いした際に霊王に足切り・宮刑を
喰らいそうになった事と、欒氏の滅亡後に、遺領のうちの州の領有権を巡って
范宣子・趙武と争ったことか
前者は楚の賢臣であるイ啓彊の諫言で救われ、後者も後に自領の原と交換する
かたちで落着させて怨まれる様なリスクは回避してるが
もっともいずれにしても他の氏族に較べればずっと危険度は低いものだなあ
いやあ、2ちゃんねる歴史板に来る人ってマニアだな~(苦笑)。