これ日本史カテゴリーで書くのは非常に気が引けるんですけど(笑)。
うちのご先祖様が柳川藩士で立花家に仕えていたという話は何回かご紹介してると思います。鳳山家はちょっと複雑で、画像の丸に木瓜(もっこう)紋が家紋なんですが、これは幕末か明治初期に三池藩で250石を拝領していた当家に柳川藩から養子入りして継いだものです。
柳川のほうが名門だったらしく、こっちの子孫だと言い張る親戚が多くて苦笑しています。まあ血脈的にはそうなんでしょうけど、三池藩の家のほうも、菊池一族出身で戦国時代までは筑後田主丸に所領をもち豊臣秀吉にも拝謁したことのあるユニークな家系なんですが、こちらはいずれ紹介するとして、今回は柳川のほうです。
ちなみに三池藩は立花宗茂の弟、立花直次(高橋 統増)が開祖で、勇将高橋紹運の血を受け継ぐ誇りある家なんです。
で、柳川のほうの話なんですが、ちょっと嘘くさいエピソードがあります(笑)。ある日主君立花侯の有明海での舟遊びに随伴していたわがご先祖様。そのとき藩主の乗る船よりも巨大なフカ(サメ)が近づいてきたとの事。
船に乗る人々が動揺するなか、ご先祖様は何を思ったかするすると自分のふんどしをはずします。人々があっけにとられていると、そのまますたこらと船尾に行きふんどしを結びつけました。
船が前にすすむにつれて赤いふんどしはどんどん流れ、あたかも船の尻尾になったかのようでした。
すると、人々を恐怖におとしいれていたフカがすーっと離れていくではありませんか。あとで人がご先祖様に尋ねると「フカは自分より大きなものは襲わないという習性がある。だからふんどしで大きくみせたのだ」とケロリと答えたそうです。
立花侯がこれをみて、ご先祖の機転を激賞し重く取り立てたとか。
ほんとかねえ?なんて疑りの目で見てしまいます。うちのご先祖も私に似て話を作るのが上手かったんじゃないかと(爆)。
うちの家系伝説には嘘くさい話が多いんです。朝鮮出兵のとき、江浦城主だったご先祖様は、柳川から出港した宗茂公の船団と有明海で合流し朝鮮に渡ったとか。おいおい、当時の江浦城主は宗茂の弟、立花直次だぞ!するとなにかい、うちの先祖は直次の庶流なのかい?
それにしては財産もってないぞ(笑)。三池藩主が下働きの女中に手をだして生まれたのかも?(爆)そんで、三池藩にいれなくなったので、兄の柳川藩で引き取ったのかもしれません。