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ゲッベルスの宣伝戦争

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 「嘘も百回言えば真実になる」この言葉を聞いた事があると思います。発言したのはナチスドイツ帝国宣伝大臣パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス(1897年~1945年)。

 この言葉は宣伝と洗脳の本質を衝いた言葉だとされます。もっとも本人の発言ではなくゲッベルスに対立する勢力が流したものともされますが…。ゲッベルスは泡沫政党であった国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を宣伝の力により政権政党に押し上げヒトラー独裁国家を建設に大きく貢献した一種の天才でした。

 ゲッベルスは、1897年プロイセン王国ライン州の小都市に生まれます。父は職工母はオランダからの帰化人と決して恵まれた家系ではありませんでした。4歳のときに小児麻痺にかかり足が不自由になります。成人してからも小柄で生涯のコンプレックスになったそうです。

 しかし彼は、周囲から時には悪魔的とさえ評される頭脳の持ち主でした。奨学金で大学に進むも冷酷な性格を教授たちに嫌われ博士号取得を妨害されたりしたため深い恨みを抱きます。実はこの教授たちユダヤ人でした。もしゲッベルスが学者として世に出ていたら後のナチス政権もユダヤ人虐殺もなかったかもしれないと思うと歴史の皮肉を感じますね。

 ゲッベルスが社会に出た時、ドイツは第1次大戦の結果極度のインフレに見舞われ政治も無策無能なワイマール共和国であったため国民は塗炭の苦しみを味わっていました。こういうときに台頭するのは、極右と極左です。彼らなら何とかしてくれるかもしれないという大衆の願いが極端な主張を行う政治勢力に向けられるのはある意味仕方ない事でした。

 ゲッベルスは最初共産主義運動に興味を示しますが、あるとき泡沫政党であったナチスを知ります。別にナチスの思想に共鳴したわけではなく現状に不満を抱く者が流されて行きついた先だったのでしょう。社会に恨みを抱き何とか現状を変革しようともがいていたゲッベルスは、アドルフ・ヒトラーという一人の人物と出会います。

 ヒトラーは、これまでゲッベルスが会った事のない強烈なカリスマの持ち主でした。最初ゲッベルスは、党内でヒトラーとは対立する勢力に属していましたが、ヒトラーを奉じてドイツを変えられるのではないかと考えます。ヒトラーもまたゲッベルスの特異な才能を見抜いていました。

 ヒトラーに心酔したゲッベルスは、以後ナチス党首に就任したヒトラーのために得意の宣伝で政権奪取を図ろうと動き出します。その結果、ナチス党は1928年国政選挙で12議席獲得したのを皮切りに1930年には107議席で第二党、1932年には230議席で第一党に躍り出ました。1933年ヒトラー内閣が発足、同年3月には宣伝省が設けられゲッベルスは宣伝大臣に就任します。その後の経過はご存じの通り。最終的には第2次世界大戦を起こしヒトラーはベルリンで自殺します。ゲッベルスもまた妻子とともに運命を共にしました。






 本稿では、ゲッベルスがどのような手段で政権を取ったか考察しようと思います。


 ゲッベルスは大衆を2つのタイプに分けていました。自分で考え行動する知識層。他人の考えに影響され流されて行く愚民層。知識層に対してはゲッベルスが理路整然と演説し理に訴え、愚民層にはヒトラーが感情論で訴えるという二段構えの作戦を取ります。

 政権を取るには圧倒的多数派の愚民層を味方につけるしかないとゲッベルスは考えていました。そのため演説会や党大会では暗闇の中でサーチライトを照らし大音響の音楽を流し聴衆を催眠状態に陥らせます。そこへヒトラーが理ではなく感情に訴える演説を行うのですから聴衆は熱狂します。一度熱狂した大衆は周囲にこの興奮を伝え半信半疑の者も次の演説会では信者となるのです。これが急速に支持者を獲得できた理由でした。

 また、愚民は本を読まず頭で考えないのでゲッベルスはポスターを町中に貼って視覚的に訴えます。画像そのものがサブリミナル効果で知らず知らずのうちに大衆はナチスを受け入れる空気になりました。愚民が雰囲気で動く事を知っていたゲッベルスは、映画スターを買収しナチス支持者にして扇動させます。この方法でも多くの支持者を獲得しました。

 マスメディア対策としては、直接新聞社を購入しナチス支持の記事を書かせました。これで一定の知識層を取り込みます。これら一連の活動は当然莫大な資金が必要です。どこから来ていたかというと共産党政権になっては困る資本家たちからでした。ですからナチスの党勢が拡大すればするほど活動資金が流入する仕組みです。ナチスが雪だるま式に膨れ上がったからくりでした。

 ゲッベルスは心理学にも造詣が深かったと思います。次に紹介するのはゲッベルスの言葉です。

「娯楽の中に宣伝を刷り込ませ、相手に宣伝と気づかれないように宣伝を行う、宣伝したい内容を直接キャッチフレーズ化して強調・連呼せず、心の中で思っているであろう不満・疑問・欲望を遠まわしに刺激し暴発させる、もっとも速度の遅い船に船団全体の速度を合わせる護送船団の如く、知識レベルの低い階層に合わせた宣伝を心がける」

「どのような種類の宣伝がより有効かといったことを決定する理論的根拠はない。望ましい結果を生む宣伝はみな良い宣伝で、それ以外の宣伝はみな悪い、たとえそれがどれほど面白そうな物であっても。なぜなら宣伝の目的は人を面白がらせることではなく、『好結果を生むこと』であるから。それゆえに一つの宣伝を目して、これを粗野だとか下品だとか野蛮だとか公正を欠くなどと批評することは見当違いもはなはだしい。なぜならば、宣伝とは自分と同じ心理を認める人を探し求めようとする行為だからである。」

プロパガンダの秘訣とは、狙った人物を、本人がそれとはまったく気づかぬようにして、プロパガンダの理念にたっぷりと浸らせることである。いうまでもなくプロパガンダには目的がある。しかしこの目的は抜け目なく覆い隠されていなければならない。その目的を達成すべき相手が、それとまったく気づかないほどに。」

「もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう。嘘によって生じる政治的、経済的、軍事的な結果から人々を保護する国家を維持している限り、あなたは嘘を使える。よって、国家のために全ての力を反対意見の抑圧に用いることは極めて重要だ。」(おそらく嘘も百回~の語源)

「政治家は不人気な政策を実行しなければならないときもある。しかし不人気な政策というのは入念に準備し、大衆を納得させた上で実行されねばならない。庶民の知性をバカにしてはいけない。不人気な政策の被害を最も受けるのはたいていの場合庶民なのだから、なぜそうしなければいけないのか、庶民にはその理由を知る権利がある。だからあらゆる政策の実行は説得力にかかっている。厳しい真実をむやみに明らかにするのは愚鈍だが、危機というのは政治的、経済的、そして心理的に準備した上で開示されねばならない。プロパガンダの役割はここにある。国民を啓蒙し、政策実行の下慣らしをするのだ。目的を見失うことなく、あらゆるプロセスにおいてサポートする。いわば会話にBGMを提供するようなものである。そうすると、不人気な政策もやがて人気を得るようになり、国民の断固とした支持のもと、政府は難しい決定を実行に移せるようになる。プロパガンダに優れた政府は、大衆の支持を失うことなく、必要な政策を実行できるのだ。」



 読んでいて戦慄を覚えませんか?しかしゲッベルスが完成させた手法は社会主義勢力だけでなくアメリカはじめ自由主義陣営でも頻繁に使われました。彼らはゲッベルスを深く研究したのです。日本のマスゴミが使う手法もゲッベルスの手法そっくりだと気付くでしょう。

 私は反日勢力が日本を貶めてきた手法を学ぶことは反撃するためにも重要だと考えています。ですからゲッベルスを紹介したのです。