鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

貨物列車と輸送力の話

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 私は別に鉄道オタクでもなんでもないので、ところどころに間違いがあると思いますが詳しい方はどんどん指摘してくださいな(笑)。
 
 最近、私が太平洋戦記3というゲームにはまっているという話は以前書きました。開始したのは1939年シナリオ。ノモンハン停戦後支那事変解決に全力を傾け同時に国内産業の育成を図っていると、ついに北満洲チチハルで油田発見!拡張に次ぐ拡張で計算上国内石油需要がほぼ賄える目処がつき、これで対米戦の必要はなくなりました。最も向こうから仕掛けてくれば別ですが…。
 
 ゲームでは、支那事変も西安、蘭州を攻略しほぼ勝ちは確定、独ソ戦開始と同時に憎っくき露助を東から挟撃すべく準備に入っております。
 
 ということで、チチハルの油田(のちの大慶油田になる)で産出する原油をはるばる鉄道輸送で釜山に運びそこからタンカーで本土へ輸送して製油所で石油精製、ガソリンと重油を生産するとともに、本土からは対ソ戦に備えて兵員、戦車、火砲、輸送トラック、ガソリン、弾薬を満洲の前線に送り込むなど満鉄(南満州鉄道)が八面六臂の大活躍中でございます。
 
 
 いやあ、燃料に不自由しないと戦争って楽ですね(爆)。と、ものすごく前置き長がくなりましたが(釣りバカ日誌みたい・・・苦笑)、ふと貨物列車っていっぺんにどれくらい物資を運べるのだろうか?と疑問に思いました。
 
 
 現代では、例えば中国の大秦線など一編成で最大2万トン(貨車で言うと80t貨車×216両編成)というもの凄い物もあるらしいんですが、当時(戦前)はどれくらいだったのでしょうか?
 
 
 動力車が駅区間を走行時間に応じて牽引できる重量の限界を牽引定数というらしいのですが、これは線路の等級(=頑丈さという理解でOK?)路線間の勾配などでも変わってくるので一概には言えないそうです。
 
 日本のような山がちの地形ではとくに数値が変動しそうですが、朝鮮半島はいざ知らず満洲の荒野は勾配が少なそうなので日本よりは輸送量が多そうだという事は素人目には想像できます。
 
 しかも、満鉄は日本の狭軌(レール間の幅が1067㎜)ではなく、標準軌(1435㎜)なのでその分頑丈なのでしょう(間違ってたらゴメン)。ちなみにロシアは広軌(1524㎜)。
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 当時の満鉄の貨車が最大でどれくらいの積載量を持っていたのかは良く分かりませんでした。ただある資料では30t積み石炭車で60両(輸送量計1800t。全備重量では3000t近くになる)を奉天以南の連京線で運航していたとされますから、想像以上に大きな輸送力です。
 
 外国の例では、ドイツは戦車を貨物列車で前線まで輸送していたそうです。そういえばⅤ号戦車パンターを満載した貨物列車の写真を見た事があります。パンターは50t近くありますから、想像ですが日本の満鉄も50t貨車くらいは少なくとも持っていそうです(しつこいようだけど間違ってたらゴメン)。
 
 まあ確実なところで貨車積載量を30tとしましょうか。最大60両編成として1800t。当時の歩兵師団の1日補給所要量は200tといいますから貨物列車一編成で6個師団の1日補給量を運べる計算です。
 
 関東軍の最大師団数で20個師団弱、旅団や後方部隊も数多くいますからざっと30個師団とすると5編成で全関東軍師団の1日補給所要量を賄えます。
 
 まさか貨物列車が1日5編成という訳はないでしょうから、1時間一本20時間運航で20本なら20-5で、15編成つまり3日分の補給量が日々備蓄されていく計算になります。
 
 これは机上の空論で、実際にはそれ以上にいろんなところで物資が消費されているでしょうからここまでうまく回らないとは思いますが、燃料にさえ困らなければ意外と鉄道輸送は莫大な量を運べますね。
 
 当時の列車は蒸気機関車、燃料は石炭。満洲には撫順炭坑があり鞍山の製鉄所で鉄も生産できますからなかなか良さそうな感じです。
 
 石油も困らない、後はボーキサイト、ゴムなどがないだけ。南方へは何らかの手段で進出しなければならないでしょうが、アメリカから仕掛けてこない限り日本は戦争しなくて済みそうです。
 
 
 そういえば日本が戦前に大慶油田を発見したというIF小説があったな?覇者の戦塵だっけ?あれ結局どうなったんですか?私はあまりにも展開が遅いので最初の2~3巻で挫折したんですよ(爆)。