鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

鳳山おススメの映画 『大日本帝国』 1982年

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あらすじ
昭和十六年、春。東京の陸軍士官学校では、小田島剛一(三浦友和)が陸軍少尉の任命式を受けていた。京都の教会では、クリスチャンの学生、江上孝(篠田三郎)が恋人、京子(夏目雅子)の目前で、不穏思想の持ち主ということで刑事に連行されていった。東京、下町の理髪店では、小林幸吉(あおい輝彦)の出征式と新井美代(関根恵子 )との結婚式をかねた祝宴が行なわれていた。その頃、泥沼化する日中戦争の中、近衛内閣は総辞職、東条英機丹波哲郎)が後をうけ、日本は十二月八日の真珠湾奇襲攻撃に突き進んでいく。幸吉は小田島の部隊に配属され、十七年に部隊はシンガポールを陥落する。しかし、幸吉は手傷を負って、本国送還されることになった。快進撃を続けた日本軍も、ミッドウェー海戦の敗戦を機に劣勢になっていった。その頃、江上は「権力にひきずりこまれるよりは」と止める京子を振りきって入隊を決意する。一方、傷の快復した幸吉も戦線に戻ることになり、その頃、サイパンにいた小田島の部隊に再び配属されることになった。十九年六月、米軍の無差別砲撃でサイパンは生き地獄と化し、日本人は玉砕する。しかし、小田島は愛する料亭の内儀、靖子や幸吉と生き残り、ジャングル中を彷徨する。そして、米軍の投降の呼びかけに答えようとしたとき、米軍が同胞の遺骨をもて遊んでいるの見て発砲し、逆に射殺される。その頃、フィリピンにいた江上は京子と瓜二つの娘、マリア(夏目雅子・二役)と知り合い、恋に落ちていた。しかし、米軍はフィリピンにも迫り、仲間の大門(西郷輝彦)は、ゲリラと一緒にマリアも殺してしまう。二十年三月、東京大空襲、四月、米軍沖縄上陸、そして、八月六日広島に、九日には長崎に原爆が投下される。遂に天皇の決断で日本は無条件降伏をすることになる。八月十五日、玉音放送大日本帝国の終焉を告げた。かくて、極東軍事裁判が開かれ、東条英機は死刑を宣告される。さらに、大門とともに江上もフィリピン人を虐殺したとして銃殺される。戦後、戦地から続々と兵が引き揚げてきた。そして、美代は息子を連れて歩いていた疎開先の砂浜で、幸吉と再会するのだった。

                       - 映画紹介より -

 五木ひろしの歌う主題歌「契り」(作詞・阿久悠、作曲・五木ひろし)が全編に流れ、物悲しさをかもし出しています。この映画、右翼に言わせると「巧妙につくられた左翼映画」左翼に言わせると「巧妙につくられた右翼映画」だそうです。
 底流には反戦の思いがあるのは確かです。ただ戦争に到る道が、選択肢のない一本道だったという解釈も成り立ちます。私はこの映画、単純な政治思想の表現ではなく日本人の底流にながれる生き様を描いた稀有な作品だと思っています。
 日本人なら一度は見て欲しい傑作映画であるのは確かです。

 三人の主人公の三者三様の生き様、死に様に私は感動しました。サイパン戦で降伏しようとして、海岸で戯れる米兵カップルに近づいたところ、日本人の頭蓋骨をキャッチボールしている姿を発見し絶望し射殺した三浦友和。頭蓋骨を砂浜に埋めようと背中を見せたところに、瀕死の重傷の女から撃たれて自身も死にます。
 篠田三郎の場合はさらに壮絶でした。フィリピン戦で部下の起こした現地人虐殺事件の責任をとっての処刑。恋人夏目雅子に瓜二つの少女を見殺しにした自責の念からの行動でした。
 戦後、夏目雅子は国際キリスト教教会を通じて篠田三郎の釈放運動をおこし、捕虜収容所に世話になった外国人牧師とともに訪れます。しかし篠田三郎は頑なに釈放を拒否、席を立ちます。そしてドアの向こうで泣き崩れる夏目雅子に「生きろよー!自分の分まで生きてくれー!」と絶叫します。
 そして処刑の日「天皇陛下、万歳ー!」と叫び、銃殺されました。
 あおい輝彦の場合は、上官の三浦友和が「こんな馬鹿げた戦争で犬死する事はない。どんな事があっても生き残れ」と言われた事を忠実に守り奇跡の生還を果たします。

 色々考えさせられる映画です。東条英機を演じた丹波哲郎さんの代表作の一つだと思います。是非皆さんに見て欲しい映画です。