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クセノフォンとクナクサの戦い

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 ソクラテスの弟子クセノフォンが記した『アナバシス』。ギリシャ語で「上がり」という意味ですが、アケメネス朝ペルシャの王位継承戦争に傭兵として参加したクセノフォンたちが、敵中に孤立し苦難の末小アジアを抜けてギリシャに帰り着くという内容です。日本では岩波文庫から出ていますので興味のある方は一読をお勧めします。

 

 クセノフォンは紀元前427年から紀元前355年のギリシャ世界を生きました。当時、アケメネス朝ペルシャギリシャとの戦争に敗北し王朝としては末期でした。といっても小アジアからイラン、エジプトに跨る世界帝国であったことは間違いなく、ギリシャ人たちは傭兵としてペルシャに赴き報酬を得ます。ギリシャ人重装歩兵のファランクス(長槍密集歩兵陣)は、オリエント社会にないものだったので戦争で重宝されました。しだいにペルシャ人たちはギリシャ人傭兵部隊のファランクスを決戦兵種として使い始めます。実際、アレクサンドロスペルシャ遠征に赴いた時、最初に立ちはだかった強敵がギリシャ傭兵隊長メムノンだったことでもそれが分かります。メムノンが病死しなかったらアレクサンドロス大王の覇業はならなかったという者もいるくらいです。

 

 クセノフォンたちを雇ったのも時のペルシャ王アルタクセルクセス2世の弟キュロス(小キュロス 不明~紀元前401年)でした。キュロスは、ペルシャの王位を狙い反乱を起こします。キュロスはダレイオス2世の次男として生まれますが、母パリュサティスは正室だったため溺愛され王位継承の有力候補となりました。ところが父、ダレイオス2世が指名したのはキュロスの異母兄アルタクセルクセス。キュロスの人間性に問題があったのかどうかは知りませんが、父は兄の方が王にふさわしいと思ったのでしょう。ダレイオス2世の死後、パリュサティスは息子を王にすべく色々画策したそうですが失敗に終わります。アルタクセルクセス2世にしても、宮廷にキュロス支持者が多い事は承知しており、それらと離すためキュロスを小アジアを支配するサルディス総督に任命しました。

 

 しかしこれは裏目に出ます。キュロスは秘かに1万人のギリシャ人傭兵部隊を雇い紀元前401年アルタクセルクセス2世打倒を唱え小アジアで挙兵しました。おそらく高額の報酬で釣ったのでしょう。ギリシャ人傭兵隊は目覚ましい活躍を見せ連戦連勝、国王アルタクセルクセス2世の軍とメソポタミアのクナクサで対峙する事になりました。挙兵からわずか180日後だったと言われます。キュロス軍はギリシャ人重装歩兵1万、ギリシャ人軽装歩兵2千5百、騎兵2千、ペルシャ人歩兵と総勢約2万余。一方クセルクセス2世のペルシャ軍は主力の騎兵6千、鎌付き戦車2百、歩兵の数は不明ですが総勢5万から6万はいたように思います。

 

 クセノフォンはこの戦いに従軍しますが、傭兵隊長ではなく幹部の一人だったようです。戦いはキュロス軍右翼のギリシャ人傭兵部隊の突撃で始まりますが、血気にはやったキュロスは敵がファランクスに押され後退していくのを見て勝ち戦だと興奮、騎兵で突出してあっさりと討たれました。これを見るととても王の器ではなく、父が後継者に指名しなかったのも納得ですが、ギリシャ人傭兵部隊を除くキュロス軍は総指揮官の戦死で動揺逃げ去り、ファランクスを組んだままクセノフォンたちは敵中に孤立しました。ペルシャ軍もギリシャ人傭兵隊の強さを知っているため容易に手を出しません。せっかくの勝ち戦に、怪我でもしたら馬鹿らしいからです。

 

 ギリシャ人たちは、撤退し故郷ギリシャに帰ることを決めます。ところがその最中傭兵隊長が戦死し、話し合いでクセノフォンが指揮官に選出されました。クセノフォンは意外な軍才を発揮し、追いすがるペルシャの追撃軍を凌ぎ、小アジア各地を転戦しながらエーゲ海東岸までたどり着き、ちょうど遠征してきたスパルタに雇われることで長い旅を終えました。この顛末を記したのがアナバシスです。

 

 その後のクセノフォンですが、敵国スパルタに加担したことで出身地アテネから追放されます。以後クセノフォンはコリントス戦争をスパルタ側で戦い戦功によってオリュンピア近くのスキルスに荘園を貰って悠々自適な隠棲生活を送りました。ところが、情勢は転変し新興国テーベがスパルタを紀元前371年レウクトラの戦いで破ったため、スキルスもテーベ軍に占領されました。クセノフォンはスキルスを追放され、皮肉なことにテーベと対抗するためアテネが長年の宿敵スパルタと結んだことで、クセノフォンはアテネ追放を解かれます。その後のクセノフォンの動向は分かりませんが、最後はコリントに移住しそこで生涯を追えたようです。

 

 思えば運命に翻弄された一生だったように思います。そのおかげで不朽の名著アナバシスが誕生したとも言えますが。クセノフォン享年77歳。