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世界史上難攻不落の城、襄陽城

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 5回に渡って見てきた世界史上難攻不落の城。その半分は住民も防衛戦に参加する城塞都市でした。というのは、日本と違い洋の東西を問わず大陸では落城=自分たちの国の滅亡で住民は殺されるか奴隷に落とされるかの過酷な運命だったからです。その意味では、住民を巻き込まず武士や兵士たちだけで争われた(一部住民に被害があるとしても)日本は幸せだったのかもしれません。大陸における攻城戦が大量虐殺に終わるケースは多く、特に中央アジアの諸都市(サマルカンドやブハラ、メルブなど)は歴史上何度も落城しそのたびに数十万規模の犠牲を出してきました。

 

 支那大陸も同様で、北京、南京、中原の諸都市は戦争の度におびただしい死者を出したのです。古代支那の城壁は版築という工法で造られました。両側を板で覆い、上から土砂を流し込みます。そしてその上を大勢の人が乗って叩き棒で突き固めるのです。これを何回も繰り返し高い城壁を築きました。版築は主に黄土地帯で行われます。黄土は石灰分を多量に含んだ微粒子で成り立っていた為版築に特に適していました。支那事変の時の話ですが、版築の城壁は75㎜以下の火砲ではびくともしなかったそうです。

 

 ただ、淮河以南の南方では水分を多く含む黒土だったため、煉瓦や石造りの城壁が発達しました。おそらく今回紹介する襄陽も煉瓦か石造りだったと推定されます。三国志ファンなら群雄の一人荊州劉表の本拠地だとご存知でしょう。襄陽の歴史は古く春秋時代から存在します。当時は楚国の副都で鄢(えん)と呼びました。

 

 襄陽は現在の湖北省、漢中地方に発し長江と合流する漢水の南岸にあります。後漢末期から三国時代にはすでに南、西、東に深い水堀をもうけ四方を高い城壁で囲まれた難攻不落の城塞都市だったようです。実際、呉の孫権の父孫堅はこの城を攻めて敗死しています。襄陽城の真価が発揮されたのは南宋時代末期でした。1268年、大元帝国初代ハーン、フビライ南宋を滅ぼすべく、襄陽城を攻めます。南宋側は漢水を挟んで北岸にある樊城(はんじょう)を前哨陣地とし頑強に抵抗しました。守るは名将呂文煥(りょぶんかん)。

 

 南宋軍の兵力は不明ですが、攻める元軍は10万人を超えていたそうです。元軍は襄陽と樊城を完全に包囲しました。南宋としても襄陽が陥落すると、長江沿いに攻め下られ首都臨安(現在の杭州)の防衛が崩壊するため何度も救援軍を送りました。フビライ南宋の動きは当然承知で、そのたびに撃退します。が、肝心の襄陽は士気旺盛で陥落する気配は全くありませんでした。驚くべきことになんと2年間も元軍の攻撃に耐えたそうです。呂文煥は兵糧の節約のために自分たちの妻女を城から追い出すという凄まじい覚悟を見せます。

 

 そんな難攻不落の城にも終焉の時が迫りつつありました。中東で開発された回回砲(巨石を撃ち出す投石砲の一種)が戦場に登場したのです。これはフビライの弟フラグから贈られたものでした。中東の技術者も同行していたと言われます。回回砲の威力はすさまじく、襄陽城の城壁を打ち砕きました。樊城から撃ち出された回回砲の巨石が襄陽城に届いたという話は眉唾物ですがそれだけ威力があったのでしょう。

 

 城将呂文煥はついに降伏を決断します。南宋の救援も絶望的でしたので致し方ない選択だったのでしょう。1273年2月の事でした。フビライは降伏した呂文煥を優遇します。優れた人材は敵であろうと登用する、この柔軟性がモンゴルが大陸を制覇した所以でした。襄陽陥落によって南宋の防衛線は崩壊、滅亡へ突き進みます。意外にも呂文煥を悪く言う者は当時も後世もあまりいないそうです。精一杯戦った結果の降伏でしたから。ただ、南宋最後の忠臣と言われる文天祥だけは呂文煥を口汚く罵ります。私は文天祥の批判は呂文煥にとって酷だと思います。もし文天祥が呂文煥の立場だったら最後の一兵まで戦ったと思いますが、その結果襄陽に住んでいる一般市民も道連れになったはずだからです。呂文煥の決断は良識を示したと私は考えますね。

 

 どんな難攻不落の城でも新兵器には勝てないというのが今回の教訓ですが、この逆パターンとして明末の寧遠城の戦いがあります。名将袁崇煥の守る寧遠城は、後金(後の清帝国)の初代ヌルハチの攻撃を受けますが、ポルトガル製の大砲を大量に準備し逆に後金軍を撃退しました。ヌルハチはこの時の傷がもとで亡くなったほどです。袁崇煥が生きている間、後金軍は寧遠城と長城線に近づけなかったそうですが、讒言にあい処刑されてしまいます。これは明の自滅に等しい暴挙でした。寧遠城の戦いも面白い話ですが、同じような難攻不落の城シリーズは読者も飽きてきているかと思い、いったん中断します。