鳳山雑記帳はてなブログ

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弥生人は朝鮮半島から渡ってきたのではない

【人類学】「弥生人」とは何者か? 急速に進む核ゲノム分析、見直し迫られる通説


 旧ヤフーブログ時代からの読者さんならご存知だと思いますが、過去記事『稲の道、文明の道』『稲作朝鮮半島伝播の歴史』などで支那大陸長江流域(から雲南地方にかけて)で発祥した稲作は、古代海洋民族であった縄文人によって日本列島に伝えられその後朝鮮半島に渡ったと書きました。

 これは想像ではなく、支那研究機関による20年に渡る稲の遺伝子研究ではっきりと裏付けされています。稲作発祥の地である支那長江流域と日本には温帯ジャポニカ米の8種類の遺伝子型があるが、朝鮮半島には7種類(分類によっては10種類中8種類)しかないという事実です。詳しくは『稲作朝鮮半島伝播の歴史』を読んでいただくとして想像を踏まえて書くと、私は古代支那で東夷と呼ばれる異民族と日本の縄文人は同じ民族か非常に近しい民族ではなかったかと思うのです。

 というのも『古代中国と倭族・長江文明を検証する』(鳥越憲三郎著)などで指摘されるように、古代日本と長江流域から東南アジアにかけて稲作をする民族に共通する文化として高床式倉庫があるそうです。高温多湿という気候の面もあるのでしょうが、民族的に近しいものがあるのではないかと私は考えます。

 日本で見つかる弥生人の人骨を調べても、朝鮮半島由来の物は少なく大陸系の特徴が見られるそうです。ですから稲作が朝鮮半島から伝わったというのは科学的にもあり得ないと思います。なのに日本の歴史学会ではいまだに稲作朝鮮半島由来説を唱える者が主流派です。これは明らかにおかしい。戦後日本が自虐史観に囚われ朝鮮に遠慮する間違った空気に支配されているとしか思えません。あるいは在日偽装帰化人が多いのか反日左翼が跳梁跋扈し日本を貶めるためにわざと朝鮮半島渡来説を唱えているかでしょう。

 これでは願望で歴史を騙る朝鮮人と何ら変わりませんよ。非常に恥ずかしい態度だと思います。そして弥生人縄文人に完全に取って代わられたというのも嘘です。稲作遺跡は縄文時代後期から見つかっています。渡来人はいたかもしれませんが、縄文人と融合し日本民族が形作られたと考えるのが自然です。実際、今の日本人もほりの深い縄文系からのっぺりした弥生系まで様々な人がいます。

 科学に基づいた日本の歴史が再構築されることを願うばかりです。思想的偏向を日本の歴史に持ち込まれたらたまったものではありません。皆さんは弥生人はどこから来たと思われますか?