おそらく知っている人は皆無だと思います。公営荒尾競馬で活躍していた馬で、しかもアラブですから。もう10年以上まえでしょうか。私が転勤する前、地元玉名に住んでいるころの話です。
週末になると近くの公営競馬場「荒尾競馬」に入りびたりでした。中央競馬のようなハイレベルではなく、高知競馬のハルウララのような程度(失礼)のところでしたが、地元には地元なりのヒーローが生まれるものです。
写真さえも、インターネット検索で出てこない(涙)くらいです。でも私はこのビリーブミーが大好きでした。黒鹿毛の馬体に周囲を睨みつけるような眼光をした勝負根性を持った馬でした。
全盛期は1年ほど、そして2、3度敗れてもう終わったかと思われていた最後のレース。
年末におこなわれる荒尾競馬の大一番「荒尾・中津交流グランプリ」、中央で言えば有馬記念をイメージしてもらうと分かりやすいです(レベルは違いすぎますが…)。
1番人気は、去年同レースを制した中津のアラブ最強馬ヒロタケテンプー。2番人気は3歳馬ながら急速に台頭していた荒尾のオスズイチリキ(この馬も好きだったなあ)、ビリーブミーは3番人気でした。
その他キングジョージなど荒尾・中津のアラブの強豪たちが出走していました。
私はパドックで、頸をくいっと曲げ「ブルルル…」と武者震いをしていたビリーブミーを見て直感的にこの馬が来ると感じました。一般の予想では3着もないかもしれないと言われていましたが、私は確信していました。
馬券はビリーブミーからヒロタケとイチリキに2枚のみ。当時の私としては大枚の5千円2点、一万円分の馬券を握り締めてレースに挑みました。
スタートするとビリーブミーとオスズイチリキが前に出てマッチレースのようになりました。その3番手に一番人気ヒロタケテンプー。最後はテンプーに差されて終わる、皆そう思っていました。
1週目が終わっても2頭のマッチレースは続いています。それも互いに一歩も譲らないデットヒート!かっての流星の貴公子テンポイントと天馬トウショウボーイの最後の対決、有馬記念を髣髴させるレースです。
私は興奮しまくりでした。最後の3半コーナーを曲がっても2頭だけです。直線にはいってもずーっとそのまま。末足勝負のテンプーがなんとバテて離される始末。2頭はそのままゴール板を駆け抜けました。写真判定にもつれ込みわずかにハナ差イチリキが勝っていました。しかし、負けたとはいえ凄いレースでした。どれほど凄かったかは、テンプーが最後に伏兵キングジョージに差されて4着になったことでも証明されます。
私は正月のもち代を稼いでホクホクで帰途についたものでした。そのあとビリーブミーは何レースかして引退、オスズイチリキの時代が始まりました。
懐かしい思い出です。誰も知らない地方での1エピソードですが、私の中では忘れられないレースの一つです。