鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

英国軍ラグビーチームの靖国参拝に関して悪質なフェイクニュースが流れていますね

靖国神社訪問の英国軍ラグビーチーム、大使から厳しく叱責 在英韓国大使館・報道官「靖国は日本の帝国主義と侵略戦争を美化する場所」

 
 英国軍は誇りある組織、自分の判断で行動しています。それに対し駐日英国大使が韓国を刺激するからと厳しく叱責したというニュースがまことしやかに流れましたが、私はタンザニア竹島記念コインと同様胡散臭いなと思っていたら案の定でした。駐日英国大使館からの公式な発表です。
 

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 韓国は異常な国ですから反発するのは予想できましたが、英国がなぜ韓国の肩を持つ必要があるのでしょう。結果として日本との関係が悪化したらブレグジット後の日英経済協力にも暗雲が立ち込めますよ。逆に韓国に関しては無視しても英国は全く困りません。こういう基本的常識があれば在日英国大使が英国軍ラグビーチームが靖国参拝したところで叱責したり注意するはずがないと分かります。そもそも各国の軍人、外交官たちは靖国神社が日本のために戦った軍人たちが眠るところとして敬意を払い靖国神社に参拝をしていますよ。
 
 ネット環境があり、韓国の異常性を知っている我々はこのようなニュースを聞いてもまず疑うのが常識ですが、タンザニア竹島記念コインの件と言い今回の件と言いマスゴミは簡単に信じてしまうんですね。愚か者は自分の信じたいものだけ信じると言いますが、本当にこれ。だからマスゴミだと一般人から忌み嫌われるんです。マスゴミ関係者にも在が多数入り込んでいるんでしょうな。
 
 英国軍ラグビーチームの皆さん、靖国神社参拝していただいてありがとうございます。皆さんの健闘を祈ります。英国は紳士の国、どこかの審判すら平気で買収するようなならず者国家とは違いますから、フェアプレーしてくれることでしょう。

小泉進次郎環境大臣は岩屋前防衛大臣以上の安倍総理の人選ミスになりそう

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【原田前環境相再び!】福島原発汚染処理水「海洋放出」主張 フェイスブックで「誰かが言わなければ」

 

 綺麗事なら誰でも言えます。綺麗事で世の中が解決するなら犯罪も戦争も起きません。原発汚染水の海洋放出は世界中の国家がやっています。現に韓国の月城原子力発電所からのトリチウム放出は2009年間まで年間400テラベクレルを超えていました。が、近隣住民に健康被害が出たという話は聞きませんし、魚を食べた人に放射線被害が出たという報告もありません。韓国産の魚介類を知らずに食べている日本人にもです。もっとも大腸菌による被害はあったでしょうがね。カナダのオンタリオ州にあるブルース原子力発電所からの年間トリチウム海洋放出量は600~700テラベクレルだそうです。
 
 一方、日本は福島第一原発の事故を受け、他国に基準よりはるかに厳しい規制をかけているそうですが、だったらその基準を満たすよう水で希釈して海洋放出すればよい。このままの量汚染水を貯め続けると2年で限界が来ると言われています。ネット上で誰かが言っていましたが、広島長崎で福一以上の莫大な放射線が放出され、雨で莫大なトリチウムが海に流れ込んだはずだが、原爆の直接の被害者以外魚を食べてトリチウムその他放射線で死んだ人は皆無。海は広いから、大きなプールに目薬一滴を垂らしたようなもので希釈されるとのこと。
 
 そもそも600テラベクレルで健康被害があるのなら原発のある沿岸地域住民は全滅しているはずですよ。こういう科学的根拠に基づいて議論するならともかく、反原発派パヨクはイメージだけで非難し風評被害を拡大しています。安倍総理が小泉信環境相に期待したのは科学的根拠を示し住民を説得し汚染水の海洋放出を決めることではなかったでしょうか?原田前大臣は覚悟をもって海洋放出を発言したと思いますよ。誰かが正論を言わないといけなかったのです。放出反対派は、別の解決法を示さなければならない。そうじゃなかったら単なるいちゃもんです。国賊に等しいと思います。
 
 進次郎は、あろうことか原田前大臣の勇気ある発言を失言と決めつけ自分は綺麗事を並べて問題解決する意思が全く見えません。こんな無責任な態度があるでしょうか?私は岩屋前防衛大臣以上に酷い態度だと思います。岩屋も進次郎も馬鹿なんでしょうね。馬鹿だから問題の本質が見えないし理解できない。安倍総理は人気取りで進次郎を入閣させたのなら環境大臣にすべきではなかった。女性活躍、働き方改革担当大臣くらいの毒にも薬にもならない肩書だけの大臣で客寄せパンダにすべきだったと思います。
 
 進次郎の悪影響は今後安倍政権を痛めつけるはずです。下手したら安倍政権の致命傷にすらなりかねない。進次郎は無能なだけに癌細胞です。だいたい日本の売国マスゴミが次期総理候補に推しているというだけで碌な人間ではないと分かります。我々国民も反日パヨクが垂れ流す悪質なプロパガンダに騙されず、科学的根拠に基づく汚染水海洋放出を支持すべきです。それとも別の解決法があると仰る方は納得のできる解決法を示していただきたい!

古代支那の食事

 私の悪い癖は、一つの事を調べるとその関連項目も調べなくては気が済まないというものです。前記事で淮河以南の華中と華南地方は稲作の一大産地を抱えているので古代から米を食べていたが、淮河以北では何を食べていたか謎だと書きました。一応小麦を粉にして麺にしていたのではないかと推定しましたが、その後調べると小麦を粉にして捏ねたり、蒸したりする製法は唐代以降だそうです。そのころ麺や餃子、肉まんなどができたのでしょう。

 

 ではそれまで中原(黄河中流域)の人たちが何を主食にしていたかというと、それは粟(あわ)だったそうです。そういえば治粟都尉という役職があるのをすっかり忘れていました。楚漢戦争時、韓信が一時就任していますよね。治粟都尉は軍の兵糧管理をする役職。という事は主食も粟だと分かります。

 

 古代支那の人々は、主食である粟を甑(こしき)という土器で蒸して食べたそうです。昔地元のうどん屋で粟飯を食べた記憶があるんですが、意外に美味しかった記憶があります。米があるのでしょっちゅう食べたいとは思いませんが、たまには良いと思えるほどの味でした。すくなくとも麦飯のぱさぱさした感じはありません。雑穀ではあるんですが、粟はなかなか美味しいですよ(笑)。

 

 古代支那の人々は、肉類も現代とほとんど変わらないものを食べていたそうです。六畜といって牛、豚、羊、馬、狗、鶏。狗だけはちょっと勘弁して欲しいですが現在でも大陸や半島の人は食べていますよね。調味料も酢や醤(ひしお)はありました。醤はペースト状の調味料で現代日本の味噌と醤油の中間くらいの調味料だったと思います。現在でも『ジャン』と呼ばれていますよね。

 

 調理法も、焙ったり煮たり蒸したりしました。羹(あつもの)は肉や野菜を入れて作った濃厚な熱いスープ、膾(なます)は薄く切った魚肉を酢に浸した冷たい料理の事。『羹に懲りて膾を吹く』の語源です。

 

 変わった調味料では、柑橘類の皮を干した陳皮(ちんぴ)のような物もあります。陳皮は今では漢方薬の原料になっています。日本で和菓子の一つ羊羹ももともとはその字の通り羊の羹のこと。羊羹は禅宗の僧が伝えましたが、仏教では肉食を禁じていたので精進料理として小豆をくず粉や小麦粉と混ぜて作ったのが和菓子の始まりだそうです。

 

 梅干しも古代支那が最初。もともとは梅を酢に漬けて梅酢を作っていたそうですが、その副産物が梅干しだそうです。こうしてみると現在の中華料理に通じる材料、調理法が古代からあったんですね。久しぶりに粟飯が食べたくなりました(笑)。

漢代の貨幣と官僚の俸給

 古代支那春秋戦国時代の貨幣と言えば、斉・燕・越などで使われた刀銭、楚で使われた蟻鼻銭、秦で使われた圜銭(かんせん)があります。圜銭とは円形の貨幣の中心に丸あるいは四角の穴をあけた貨幣でのちの支那王朝が鋳造した貨幣の基本形となりました。刀銭も穴が開いており、どうして穴をあけるかというと紐で結んで一括りにするためです。日本でも一文銭を紐で千枚繋げて一貫文にしましたよね。

 

 当然、当時は政府に信用がありませんから金属そのものの価値が貨幣の価値になる秤量貨幣でした。これがのちに政府の金保有量で貨幣や紙幣の価値を保証する金本位制になり、現在では政府の信用で紙幣貨幣の価値を保証する信用貨幣になっていきます。

 

 前漢武帝の時代、度量衡の五銖(ごしゅ 1銖は0.59g)の重さを基本とする五銖銭が鋳造されました。武帝の時代は前後漢を通じて最も栄えた時代だったこともあり、この五銖銭が基本貨幣となり三国時代南北朝時代、隋代まで使用されます。歴代王朝は独自の貨幣を鋳造しようとしましたが、政府の信用がないこともありほとんど失敗します。三国の一つ蜀では、五銖銭100枚の価値を持つ「直百五銖」を発行しますが、実際は五銖銭二~三枚分の重量しかなく、蜀の経済は大混乱します。蜀に経済に強い官僚がいなかったのでしょうが、この経済的疲弊が蜀滅亡を早めたとも言われます。

 

 ところで、漢代の官僚の俸給は穀物と銭で支払われました。この割合に関しては諸説あり半々という説もあれば時の政府の都合によって割合が変わったという話もあります。もっとも高い俸給は三公クラスが貰う万石でした。正式には石ではなく斛(こく)の字を使うのですが紛らわしいので石で統一します。これは月俸350石、年俸で言うと4200石にあたりました。次いで九卿クラスの中二千石(月俸180石)、執金吾、郡太守クラスの二千石(月俸120石)、中郎将、校尉の比二千石(月俸100石)というように十等級に分けられていたそうです。これを秩石制と呼びます。

 

 支給される穀物も、日本のように米だけではなくおそらく麦が主流で稗、粟などの五穀だったと思われます。東晋から始まる南北朝南朝だけは米の一大産地を抱えているだけに米が支給されたはず。支那大陸南船北馬と言って淮河を境に麦作地帯と米作地帯が分かれるからです。全然関係ない話ですが、東洋史学者岩村忍先生の『アフガニスタン紀行』によると、現在のパキスタンからアフガニスタン東南部にかけての米麦作の境界近くでは豪族や富裕層は米を食べ、一般民衆は麦を食べたそうです。やはり米の方が美味しいんでしょうかね?支那の高級官僚もわざわざ江南地方から米を取り寄せて食べていたのかもしれませんね。

 

 ところで当時の麦はどのように食べていたのでしょうか?麺にしていたのか、それとも焼餅みたいにして食べていたのか?非常に興味があります。米みたいに炊いてもあまり美味しくないし…。日本で麦飯というと戦時中の貧しい食べ物というイメージですからね(苦笑)。

後漢、三国時代の地方行政

 マニアックな記事が続いて申し訳ない。過去記事で後漢時代の各州の人口を書いたんですが、その際地方行政の仕組みに関し説明不足だったかなと思い改めて記すことにします。一応過去記事の肝である人口表を載せておきます。

 

◇幽州(ゆうしゅう)…204万

 

并州(へいしゅう)…70万

 

冀州(きしゅう)…593万

 

青州(せいしゅう)…370万

 

兗州(えんしゅう)…405万

 

◇徐州(じょしゅう)…280万

 

豫州(よしゅう)…618万

 

◇司隷(しれい)…310万

 

涼州(りょうしゅう)…42万

 

◇楊州(ようしゅう)…434万

 

荊州(けいしゅう)…626万

 

益州(えきしゅう)…724万

 

◇交州(こうしゅう)…110万

 

 漢代の地方行政は、大きな方から州、郡、県が設置され、例えば冀州には魏郡、鉅鹿郡、常山郡など9個の郡がありました。郡の下に複数の県があるわけですから俗に支那四百余州という場合の州は県を指しているわけです。通常、治安・行政を担当するのは郡の長官である太守で州の長官刺史は郡太守の監察権しか有しませんでした。

 

 ところが、日本において同じような立場であった鎌倉時代の守護が南北朝、室町期にはその国の支配権を握るのと同様、後漢末期の刺史は監察権ばかりか州の行政権まで握るようになります。さらに後漢末期益州(現在の四川省)の刺史となった劉焉(りゅうえん)は朝廷に上奏し刺史に軍事警察権まで有する牧の設置を認めさせます。三国志に詳しい方ならご存知の通りこの劉焉、のちに劉備益州を乗っ取られる劉璋の父です。劉焉はなかなか野心家だったらしく益州に赴任すると牧の地位を最大限に利用し独立勢力を築くのです。お人好しの息子とは大違いですね。

 

 後漢十三州と言われますが、そのうち首都洛陽と旧都長安を含む一帯は司隷とよばれ刺史ではなく司隷校尉が支配しました。通常牧で四品、刺史で五品の位階であるところ司隷校尉は三品の高官でした。三品と言えば中央政府では尚書令、中書令、侍中に匹敵する高い地位で、それだけ首都圏の行政が重視されたという事でしょう。三国志ファンなら河南尹という官職を聞いたことがあると思います。これは首都洛陽を含む河南郡の長官で、位階は三品でした。通常の郡太守は五品なので驚くべき地位の高さです。

 

 司隷校尉と河南尹、同じ三品ということで互いにやりにくかっただろうと想像します。ちなみに劉備が初めて官職を与えられたのは安熹県尉。小さな県の警察署長くらいの役職で位階は最下層の九品。こんな安月給の卑役で都の悪徳役人に賄賂を要求されたら誰でもブチ切れるわなと納得します(笑)。演義では賄賂を要求した督郵(とくゆう 監察官の職)を殴ったのは張飛になってますが、正史では劉備本人でした。

魏官制

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 非常にマニアックで申し訳ないんですが、せっかく作ったので記事にしました。まだまだ未完成なんですが、三国時代魏の官制です。

 

 一番左の官品というのは日本でいうところの位階にあたり、一品がだいたい日本の正一位従一位に当たります。ちなみにこの九品は陳羣が基本を作りました。何故か三国志演義には出てきませんが、名門潁川陳氏出身で演義で活躍した徐州の陳珪、陳登親子とは遠い一族です。徐州時代の劉備に仕えたこともありました。陳羣が作った九品官人法はそれまでの郷挙里選に代わって科挙が一般化するまで歴代王朝の官吏登用の基本制度となります。

 

 三公というのは周王朝から始まる最高の官職で日本で言えば太政大臣左大臣、右大臣クラスに当たります。このうち相国というのは非常設の最高官職で共和政ローマで言うなら独裁官江戸幕府で言うなら大老です。実際の三公は太尉(軍政を司る)、司徒(行政を司る)、司空(監察を司る)が担当しました。

 

 九卿(きゅうけい)ももともとは実務を司る重要な役所でしたが次第に名誉職化し尚書省から発展した六部にとって代わられました。

 

 尚書省詔勅を実行し行政を司る)、中書省詔勅を起草)、門下省詔勅を審議)は、三公が次第に名誉職化したのに対し実際に行政を司る部門となりました。唐代には尚書省が拡大しその中から実際の行政機関となった六部(戸部、吏部、礼部、兵部、刑部、工部)が独立します。中書省門下省と合体し、その長官である中書令や侍中が事実上の宰相となって行きました。

 

 曹操が就任した事でもおなじみの録尚書事は常設ではなく官僚の第一人者が加官される役職で、事実上の宰相となりました。曹操の代名詞と言えば丞相ですが、これは司徒(大司徒)と被るので漢代に廃止されていましたが後漢末の建安13年に曹操が自ら復活させ就任しました。丞相は宰相と同義です。

 

 

 武官も本来なら大将軍が最高位、次いで驃騎(ひょうき)将軍、車騎将軍、衛将軍と続きますが、三国時代から西晋にかけて名誉称号と化していきます。それに代わり大都督中外諸軍事が軍の最高司令官となりました。地方では例えば都督揚州諸軍事、都督雍涼諸軍事という軍司令官が担当し、その名誉称号として将軍が与えられていきます。この都督制度は唐代には節度使に発展します。

 

 州の行政を担当する刺史と都督がいる場合、都督が軍司令官として刺史を指揮命令しました。後漢末に行政と軍事を司る牧という官職が出現しましたが、戦争が常態化した三国時代にはあまりに地方官に権限を与えすぎると反乱を起こす危険性があるとして都督と刺史とで権力の分散化を図ったのでしょう。

 

 

 よほど三国志好きか支那王朝の官職に興味のある方以外はチンプンカンプンだと思いますが、せっかく作ったのでご紹介しました(笑)。

内閣改造と外務大臣、防衛大臣人事

【内閣改造】河野太郎外相、ついに防衛相へ 徴用工訴訟をめぐり、国際法違反の韓国政府相手に毅然とした対応、総理が評価★4

 
 河野太郎は特亜の工作員かと疑われる河野洋平の息子で今まで評判の悪い人物でした。安倍総理外務大臣に起用したときも私をはじめ多くの日本人が大丈夫か?と心配したものです。ところが蓋を開けてみると、これまでのリベラルで特亜に甘い態度は一変し安倍政権の方針に則った韓国への厳しい態度、発言でその評価はうなぎのぼり。
 
 確かに河野太郎外務大臣は、これまでの歴代外務大臣の中では良くやりましたし私も評価しています。ただ、それは安倍総理の方針に従っただけで本当に河野太郎が改心して愛国者になったかは正直疑わしい。というのも、実際に韓国に対して行動を移したのは世耕経産大臣であり経産省。河野大臣の派手なパフォーマンスはあっても外務省は何もしないばかりか、水面下では日本国民を裏切るような韓国への不必要な妥協をしようとした形跡がある。
 
 本当に河野太郎が日本のためを思っているなら、こういう外務省の裏切り行為を糾弾し改革しなければならなかったはず。私は疑り深いので河野太郎は改心したのではなく外務大臣として安倍総理の意向に従っただけだと見ています。もちろん官邸の意向に逆らって韓国に媚びまくった岩屋防衛大臣は論外ですけどね。
 
 まだ確定ではありませんが、河野さんは外務大臣から防衛大臣に横滑りする可能性が高いとのこと。私は靖国参拝できない河野太郎氏に日本の国防を担う防衛大臣になどなって欲しくない。岩屋が極めつけの無能だったのでこいつよりはましだとは思いますが、河野氏が本気で総理を狙う気なら外務大臣としてもっと実績を残すべき。次期防衛大臣内定ならそれでも良いが、日本の国防を真剣に考えているというところを行動で示してほしい。でないと私は河野太郎という男を信用も信頼もすることができません。
 
 河野太郎氏に代わって外務大臣に内定しているのは茂木氏だと言われています。この人も私は信用できない。難しいアメリカとの貿易交渉を纏めたので能力はあるのでしょう。ただこの人は日韓議連だし外国人地方参政権にも賛成。国家観も怪しい。また人間性も悪い。外相だから性格が悪い方が良いのかもしれないが、この人は河野太郎以上に危険だと思いますよ。安倍総理や官邸の意向に素直に従うなら良いが、彼の地がでるとせっかくうまい具合に断交に進んでいた日韓関係が日本側の一方的妥協で元の木阿弥になる可能性がある。幸いにして韓国がアメリカにすら喧嘩を売っている状況なので日本だけが突出して関係改善するはずはないとは思いますが、河野太郎以上に茂木氏が危険なのはこれまでの彼の生きざまがあるから。
 
 読者の中には私が心配しすぎだと笑われるかもしれませんが、万が一に備え覚悟を決めておくべきだと私は思うんですよ。どちらにしろ今度の内閣改造は見守る必要があります。私の取り越し苦労なら良いがと非常に心配しています。皆さんは今度の内閣改造人事どのような感想を持たれますか?
 
 
 
 
 
追伸:
 この件に関しては実際に内閣改造人事の発表があってからまた書く予定です。