西アジア中世史シリーズ、なかなか人物まで行きませんが今回も地理の話。だいぶ前、アラル海が消滅の危機にあるという記事を書いたと思います。アラル海はかつて日本の東北地方の面積とほぼ等しい世界第4位の広さを持つ湖でした。アムダリヤ(アム河、ダリヤは河の意味)シルダリヤという二つの大河が注ぎ、アラル海に面する平野部は支那の史書で河間地方、ギリシャの文献ではトランスオクシアナと呼びました。
オクサス川とはギリシャ人が呼んだアムダリヤの名前です。オクサス川の彼方の地という意味です。特にアムダリヤの河口デルタ地帯を中世にはホラズムといい石器時代の遺跡もあるほど早くから発展した地域でした。ちなみにホラズムと南接するサマルカンドを中心とする地域をソグディアナと呼び、オアシス諸都市を中心に交易が盛んでした。この地域の住民ソグド人はモンゴル帝国時代は色目人と呼ばれ経済官僚として重宝されます。
シルクロードの中継地点として世界の物資の集まるところで、中央アジアに興った遊牧国家はトランスオクシアナの支配権を巡って激しく争いました。この地を制すれば東西に伸びるシルクロードを支配できるからです。そういう歴史のあるアラル海が、ソ連時代の乱開発によって湖水が蒸発しどんどん縮小して消滅の危機にあるというのが現状です。
たしかにアムダリヤの河道を辿っていくと、ソグディアナからホラズム地方に入ったばかりのウルゲンチ(ホラズム帝国の首都)付近では川幅1キロあります。ところが下流に進むにつれどんどん川幅が縮小し100メートルもないくらいに狭まります。おそらく途中で灌漑用水で取られまくり流れが細まったのでしょう。
ですから、アラル海にそそぐ水量より蒸発する量の方が多くなるので、どんどん湖面積が狭くなるのは当然です。ではもう一方の大河、シルダリヤの方はどうかというと、なんとこっちはカザフスタン政府がアラル海にそそぐ水を制限するために2005年コカラル堤防を完成させました。すると堤防の北側、小アラル海と呼ばれる地域は逆に湖面積が拡大したのです。
アムダリヤの方のウズベキスタン政府も対策を考えているのでしょうが、ソ連時代の破壊が酷かったために現在打つ手なしという悲惨な状況になっています。ソ連は綿花を大規模栽培するためにアムダリヤから取水したそうですが、おかげで湖面が蒸発し豊かな穀物生産地域だったホラズムを荒廃させるという本末転倒な状況になりました。アスワンハイダムを綿花畑のために造り、下流の穀倉地帯が破壊されたエジプトとそっくりです。ソ連式の唯物主義は本当に駄目ですね。