鳳山雑記帳はてなブログ

立花鳳山と申します。ヤフーブログが終了しましたので、こちらで開設しました。宜しくお願いします。

ミスラムの毒蛇群

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 黒沼健シリーズ第2弾です。話は17世紀のインドに遡ります。この頃インドは、中央アジアから侵入したムガール帝国北インドをほぼ統一して南インドへ進出しつつありました。当時のムガール皇帝は第5代シャー・ジャハン(在位1628年~1658年)。世界遺産タージ・マハル廟を建設した事でも有名です。

 黒沼健の原作『秘境物語』(新潮社刊)では、皇子ニザム・ウル・ムルクとなっているのですが私が調べた限りそのような皇子はシャー・ジャハンの子供には存在しません。そもそも過去記事でも書きましたがシャー・ジャハンの後を継ぐ資格のある皇子(母の身分的に)は4人。すなわち長男ダーラ・シコー、次男シャー・シュジャー、三男アウラングゼーブ、四男ムラード・バフシュです。このうち後継者争いに勝って第6代皇帝になったのはアウラングゼーブです。物語の舞台となるデカン、東南インドの征服を担当したのもアウラングゼーブですので、原作とは違いますがニザムではなくアウラングゼーブとして書き進めます。

 アウラングゼーブは、デカン地方の征服を順調に進めゴルコンダ王国に達しました。ゴルコンダ王国も激しく抵抗し遠征は三次にわたります。しかし1687年、首都ハイデラバードを臨む難攻不落のゴルコンダ要塞がついに陥落します。この時アウラングゼーブは二千頭の戦象を集めて猛攻したそうですが、結局内通が陥落の決め手でした。

 原作では、シャー・ジャハンの治世となっていますが彼は1666年に亡くなっているためアウラングゼーブに代替わりしていました。おそらく第一次遠征が前皇帝の時代だったのでしょう。こういう細かいリサーチミスがあるのでかなり眉唾なんですが書かれた時代(戦後10年後くらい)を考えると仕方なかったのかもしれません。

 ゴルコンダ要塞陥落によってゴルコンダ王国は滅亡しました。この報告は近隣の諸国を震え上がらせます。とくにゴルコンダ王国と結んでいた二つの同盟都市の王、エケナとマデナはムガール帝国の矛先が自分たちの向く事を最も恐れていたのです。二人の王は兄弟でした。

 インドの諸王は、富裕で有名です。この二つの小国も例外ではなく莫大な財産を持っていました。二人の王は滅亡は覚悟したものの自分たちが先祖代々蓄積してきた財宝をアウラングゼーブに奪われるくらいならと、共同してミスラムという都市の近くの洞窟に隠します。この秘密を知っているのは二人の王と信頼された三人の側近の五名のみ。エケナ王は、財宝を封印した後この宝を奪おうとする者に呪いあれ!」と唱えたそうです。

 結局二つの同盟都市は、アウラングゼーブ率いるムガールの大軍に滅ぼされ王たちも戦死しました。三人の側近はそこから命からがら逃れますが、魔が差したのでしょう。そのうちの二人が秘かにミスラムの洞窟に舞い戻り財宝を奪おうとします。封印を解いて洞窟に入った二人ですが、暗闇の中で一人が突然胸をかきむしり血を吐きながら倒れました。王の呪いを思い出したもう一人は宝を放りだして逃げます。これが第一の犠牲者。

 
 それから1世紀後の18世紀。廃墟になったミスラム近くの森で一人の信心深い樵夫(きこり)が巨木の陰の空洞から5、6個の指輪と1個の重みある封印を見つけます。驚いた樵夫は森の外にあった寺院の僧侶に持って行きました。僧侶は「これは大した価値のあるものではない。私が買い取ってあげよう」と言って樵夫を帰します。

 実はこの僧侶、かつてミスラムの洞窟に財宝を埋めた事を知っている三人の側近の子孫でした。僧侶は長男を呼び出します。
「お前はミスラムの財宝の話を覚えているか?」
「はい。よく覚えています父上」
息子が答えると
「今日、その財宝の一部と思われるものが見つかったのだ。この宝は呪われている。元の洞窟に戻すべきだと思うがどうだ?」

 父から財宝の呪いの事を聞いていた長男も賛成し、二人は秘かにジャングルに出かけました。先祖の言い伝え通り洞窟は見つかり、指輪と封印をその中に投げ込みます。封印(さきの封印とは別)は重い石蓋でした。僧侶が石蓋を支えていたところ、長男はふと洞窟の中を見たくなり覗き込みます。
「父上、階段があります。それから長い道が…」興奮する長男でしたが、石蓋が重くなった僧侶は
「早くしないか。わしは腕が痛くなったぞ」と叫びました。
 その瞬間、石蓋は僧侶の手から滑り落ち骨の砕ける音と息子の絶叫が聞こえました。財宝第ニの犠牲者です。


 さらに時は過ぎ19世紀末。ミスラム近郊出身でイギリスに留学、軍医となったジュバール・ラヒムという人物がいました。実は彼も三人の側近の後裔です。彼にはアブドルという息子がいました。アブドルが10歳になった時、父はミスラムの呪われた財宝の話を伝えます。そして
「この事は一族の秘密だぞ。くれぐれも悪心を起こして掘り出そうなどと思うなよ」と戒めました。

 ところがアブドルは不肖の息子で、成長して船乗りになり生活に困るとミスラムの財宝が気になりだします。秘かに言い伝えのジャングルに向かい洞窟のありかを突き止めました。アブドルは、欲の皮が張ってそうな人夫を5人雇います。
「日当は一日2ルピー。自分が探しているものが見つかったら金貨をやる」アブドラの言葉を聞いて人夫たちは喜びました。アブドルは、財宝の話は一切せず自分は人類学者で昔野蛮人が住んでいた洞窟を調査するのだと言って彼らを騙します。

 町を出て二日目、人跡未踏のジャングルを踏み越えてやっと洞窟に辿り着きました。言い伝え通り石蓋も見つかりアブドルは、これを開けさせました。そしてまず二人の人夫に先行して洞窟内を調べるよう命じます。3分後、洞窟内から恐ろしい絶叫が聞こえました。一人の人夫が洞窟の中から青い顔をして走り出てきます。そして
「蛇が…恐ろしく大量の蛇が…」そのまま崩れ落ち血を吐いて絶命しました。もう一人は洞窟内でやられたのでしょう。

 アブドルは、危険を感じとっさに「走るんだ!」と叫びます。彼の予想通り洞窟の中からおびただしい数の毒蛇が這い出てきました。最初は仲間の死体を抱えていたのですが「死体は置いていけ!ともかく走れ」というアブドルの声で我に返り四人は死に物狂いで逃げました。


 普通、蛇はこのような集団を形成しないそうです。ただし蛇の島などと言われるように時々このような大群となるケースもあるそうなのです。ミスラムの洞窟がたまたま蛇の群棲にぴったりの条件だったか、それともエケナ王の呪いの結果そうなったかは分かりません。ミスラムに眠る莫大な財宝は今も無数の毒蛇に守られて眠り続けています。