壬生義士伝などで彼の力量は分かっていたものの、昔TBS系のブロードキャスターでの左翼的コメントが少々鼻についていて今まで食わず嫌いでした。本作にもそれが当てはまりステレオタイプな日本悪役説が(あからさまではないにしても)作品の根底に流れていることもあって、良い作品だとは認めつつも、その分評価は落ちます。
歴史認識もおかしく、国家観もないような阿呆読者には決して見えてこないところですが、こういう近現代の歴史を描くときは注意しないといけませんね(苦笑)。
むしろ舞台が唐末や明末だったら私は文句なしに最高点を付けていたでしょう。楊喜楨(ようきてい)先生ではありませんが(爆)。
時代背景は清末期、西太后が実権を握る時代。貧しさゆえに自浄(あそこを自分でちょんぎること!)し宦官の道を歩む少年李春雲。その兄貴分で大地主の妾腹の次男梁文秀。こちらは科挙に合格し状元(成績第一位のこと)になった大秀才。エリート官僚の道を進みます。
物語はこのあまりにも対照的な二人の主人公を中心に進みます。
義兄弟が敵味方に分かれた悲劇。しかし二人は激動の清末動乱期にそれぞれ自分の信じる大義のために殉じようとします。
数多くの同志が捕まり、皇帝さえ幽閉される始末。失意の文秀ですがこれも運命の導きにより日本に亡命することになりました。
「俺は易き道を歩むが、君は苦難の道を進め」と死んでゆく同志譚嗣同との別れは涙を誘います。そして彼の許嫁で春雲の実の妹である李玲玲の文秀に対する真の思いを知った彼は、玲玲とともに生きていくことを誓います。
政変で妻子を失った文秀、政変で許嫁を失った玲玲。二人はこうなる宿命だったのでしょうか?作者は星占師白太太の口を借りてそれを肯定します。
義兄と妹の旅立ちを秘かに天津の港に見送った春雲。彼にもまた過酷な運命が待っているはずです。
彼らはどう生き抜くのか?甚だ興味深い展開になりそうですが、それには続編があるそうです。しかし浅田氏の歴史認識に疑問符がつく以上、私はしばらく読む予定はありません。
ただ、そういうのを気にしない人なら面白いと思いますよ。純粋に文学作品として見た場合名作の部類に入るのは間違いありません。私はすでにお腹いっぱいですが(苦笑)。
追伸:
書き終えてから思いだしたんですけど中国でふつう玉という場合は翡翠の事です。けっしてダイヤモンドではありません。ダイヤモンドが宝石としてもてはやされたのは15世紀以降。ユダヤ人が研磨技術を確立してから。これで富を独占したユダヤ人は財産を築くのです。アジアに入ってくるのはさらに後、西洋的価値観とともにです。
龍玉(作品ではダイヤモンド)を清の歴代皇帝が珍重したのはまあ我慢できるにしても、秦の始皇帝が当時存在しない天然以外の加工ダイヤを見るはずがありません!
完璧の語源になった和氏(かし)の璧(へき)のエピソードを浅田氏はご存じないのだろうか?
中国を舞台にした歴史ものを書く場合、こういう基本的知識がないと笑われますよ。なにしろマニアが多いから(爆)。宮城谷昌光氏の評価が高いのは、基本知識はもとよりマニアでもうならせるような深い知識を示してくれるからです。
まあ、ファンには気に障るような蛇足でしたけどね(笑)。