


ガイウス・ユリウス・カエサル(BC100~BC44)がローマの覇権を確立したのは、ライバル、ポンペイウスを下したファルサロスの戦いでした。
私は、この戦いに常々疑問を持っていたのです。ローマ史に詳しい方ならご存知ですが、ポンペイウスは並の武将ではありません。閥族派の独裁者スッラ派の俊英として頭角を表し、セルトリウスの乱、ミトリダテス戦争を鎮圧し東方でのローマの覇権を確立。地中海の海賊制圧でも、元老院から強大な権限を付与され見事に期待に応えました。軍事的才能がカエサルに劣っていたとは思えません。
確かに、カエサルはガリア戦記でも伺えるように軍事的才能は非凡です。ポンペイウスがカエサルに劣っていたのは政治力だけでした。(実はたいへん大きな問題ですが)
ポンペイウスは、鷹揚な性格(悪く言えばお坊ちゃん)なので、老獪なカエサルや元老院に都合の良いときだけ利用されてきたのです。
ローマに反旗を翻したカエサルがルビコン川を越えてローマ本土に侵攻したとき、それに恐れをなした元老院にかつがれてポンペイウスは起ちました。
ローマ本土でカエサル軍を迎え撃たなかったのは、準備不足もあったのでしょう。ギリシャ、テッサリア地方のファルサロスで両軍は激突します。BC48年のことです。
兵力はポンペイウス軍4万4千、カエサル軍2万2千。あっさりとカエサル軍が勝利します。
優勢な騎兵兵力で側面から包囲しようとしたポンペイウス軍騎兵に対し、カエサル軍古参兵が槍を敵騎兵の顔めがけて突き出したため、騎兵は顔を手で覆って逃げ出し、戦局が逆転したと言われています。ポンペイウス軍の騎兵はローマ貴族が多く、髪型や顔を気にするお坊ちゃんだったので、傷がつくのを恐れて逃げ出したとか。
ポンペイウスの軍歴を考えると、ありえないような負け方です。名将ポンペイウスの最後の戦いにしてはあまりもあっさりと負けています。
自分なりに考えると、カエサル軍はガリアで戦ってきた歴戦の勇士、一方ポンペイウス軍は戦の経験も少ない寄せ集めの惰弱な兵。この差が勝敗を分けたのでしょう。
英雄ポンペイウスには、精強な兵力でカエサルと雌雄を決して欲しかったと思います。
カエサルは,このあと逃亡したポンペイウスを追ってエジプトへ向かいます。有名なクレオパトラとの出会いもこの時です。
もし、ポンペイウスがファルサロスの敗戦を恥じて自決していたら、歴史は変わっていたかもしれません。もっとも愛すべきポンペイウスはそんなキャラではありませんが。
と、気がついたらカエサルというよりポンペイウス応援文となってしまいました。