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諸葛亮と奇門遁甲

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 三国志諸葛亮(字は孔明)といえば知らない人もいないでしょう。
水魚の交わり」「天下三分の計」「泣いて馬ショクを斬る」など有名なエピソードがある、大軍師、名宰相でありますが、三国志演義で彼が奇門遁甲なる術を駆使(正史三国志では出てこないですが)して敵をやっつけるのを記憶しておられるでしょう。
 この奇門遁甲、とても興味深いものなんです。趣味で占いを研究している私ですが、こんな切り口から諸葛亮を紹介するのも面白いでしょう。(ただし専門家からみれば噴飯ものでしょうが)
 奇門遁甲、これは方位術の一種です。年、月、日、時の干支から立向盤(自らが動く場合)座山盤(動かない場合)を作成し、方位の吉凶を割り出す術です。景門・休門・生門・開門・杜門・死門・驚門・傷門の八門に九星、八神を組み合わせてどの方角から攻めれば有利か、敵はどの方角からせめてくるか、など調べることができるのです。もっとも、現在多数の流派があり、当時のものが現存するかどうかは疑問ですが。
 諸葛亮は、これに加えて太乙神数(国家の命運を占える)、六壬神課(決断の占術)をあわせて「三式占」を駆使していたといいます。
 また演義では、よく星を観て敵方の武将の命運を予言していましたが、あれはおそらく七政(星)四余と呼ばれる中国占星術を使っての判断でしょう。
 筆者は、この七政四余が学びたくて神田の古本街などで専門書を読み漁っていましたが、いまいち良く分からず、最近になって波木星龍先生の本を読みようやくその一端に触れることができました。
 古代バビロニアで発祥した占星術は東洋、西洋と広がり西洋占星術、宿曜、古代インド占星術、七政四余に発展していったのです。
 西洋占星術でいうアスペクトホロスコープ上の星と星の角度のこと)と同じ考え方が七政四余にもあります。この角度によって吉凶が決まるのです。
 また行運とよばれる、未来の吉凶判断も生まれたときの出生図と行運上の星との角度で吉凶が決まります。
 信じる、信じないは別として諸葛亮が当時何を考えていたかとロマンを馳せるのも一興でしょう。