加藤隼戦闘隊とは、大東亜戦争初期に活躍した加藤建夫陸軍中佐(死後、陸軍少将)率いる飛行第64戦隊(定数:戦闘機42機)のことです。
開戦時マレーで山下兵団(第25軍)の上陸作戦援護、ジャワでの航空撃滅戦、ビルマ戦線でフライングタイガースとの死闘を演じ、一式戦闘機隼を駆って大活躍した部隊です。
加藤隊長は、ビルマ戦線においてブリストル・ブレニム爆撃機を追撃中に被弾、操縦不能に陥り海面に突っ込んで名誉の戦死を遂げました。64戦隊はその後も激闘を続け、終戦時には南部仏印において定数を大きく割り込む18機(隼Ⅲ型)と消耗しきっていました。
64戦隊を有名にしたのは、1944年に作られた戦意高揚映画「加藤隼戦闘隊」でしょう。見ていただくと分かる通り戦闘特撮シーンを円谷英二が担当しリアルな出来栄えになっています。
戦闘機はすべて実機。隼はもちろん連合軍の機体も南方戦線で鹵獲された本物だったそうです。画像を見ると隼の軽快さが分かりますね!