

糸を巻いてある車(名前は不明)みたいな転輪を交互に重ねてあり、複雑な形状をしています。千鳥転輪といいますが、おそらく差羸鐚屮謄ーガー欺点鐚屬最初だと思います。以後パンター、ティーガー兇呂ろか、ハーフトラックなどにも採用されました。
接地面積を増やして不整地走行性を上げ、かつ高速機動時の安定性をあげるという目的で採用されたんですが、見ての通り整備性からみると非常に不便でした。もし内側の転輪が破損した場合、交換するとき手前の転輪を外さないといけないのです。生産もおそらく面倒だったと思います。整備兵泣かせの転輪です。
まあ、これによって敵国が捕獲して使用しようとしても整備できないという逆説的な効用はありましたが(爆)。
そして、これが一番肝心なんですが三野正洋さんの本によると接地圧の数値はソ連のT‐34の履帯とあんまり変わらなかったか、むしろ後者のほうが優れていたとか…。う~んですね(苦笑)。
だったら整備性を考えると普通の大型転輪と幅広い履帯で良かったような気が?ドイツ戦車ファンとしては残念至極な結論です(号泣)。
しかも記事アップしてはじめて気付いたけど下の写真のSd.Kfz.251、前輪の空気入っとらんぞ!(怒)