

しかしそれ以外の点については概ね良好であり、以後、日本海軍は飛龍・蒼龍を日本空母の原型として設計、建造をしていく。
飛龍は蒼龍と共に山口多聞少将指揮の第二航空戦隊に配属され、第一航空戦隊の赤城、加賀と共に真珠湾攻撃~ミッドウェー海戦まで、各地を転戦して戦果を挙げていく。
ミッドウェーでは四空母のうち、他の三空母が爆撃を受け、行動不能となるなか唯一、爆撃を免れ、山口少将の指揮の下、米空母ヨークタウンを大破させる。これは、友永丈市飛行隊長ら第二航空戦隊のパイロットの腕前の高さを証明させる。しかしその後、残るホーネット、エンタープライズ艦載機の集中攻撃を受け、1000ポンド爆弾4発を被弾、炎上し総員退艦が発せられる。
味方駆逐艦(第十駆逐隊の「巻雲」)により雷撃処分が試みられたものの、数時間後、山本五十六長官率いる第一艦隊の小型空母鳳翔の偵察機が、漂流中の飛龍と、大穴が穿たれた飛行甲板にたたずむ人影を二人確認。二つの人影は、艦と運命を共にした山口少将と、加来止男艦長と思われる。駆逐艦による本土への曳航を試みたが、到着時にはすでに沈没した後だった。慰霊碑が長崎県佐世保市の旧海軍墓地東公園にある。
性能諸元
排水量 基準:17,300t、公試時:20,165t
全長 222.0m
飛行甲板長 216.9m
全幅 22.32m
吃水 7.74m
出力 153,000hp
最大速力 34.5kt
航続距離 7,670浬
乗員 1,101名
搭載機数 常用機63機(+補用9機)
兵装 12.7センチ高角砲6基12門
25ミリ機銃:3連装7基、連装5基
- フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より -
空母「飛龍」は日本の誇る中型空母で、これを基にして構造を簡略化した「雲龍」級が建造されました。飛龍といえば山口多聞少将でしょう。
飛龍を旗艦とする第二航空戦隊(飛龍・蒼龍)は真珠湾を皮切りにインド洋、ミッドウェイと活躍し、他の三空母がなすすべもなく沈没する中、満身創痍にもかかわらず敵空母「ヨークタウン」を撃破(のち潜水艦によって撃沈)し最後まで闘志を失いませんでした。
沈みゆく飛龍と運命を共にした山口少将ですが、私は生き残って欲しかった!いち早く空母護衛の輪形陣を提唱し真珠湾でも二次攻撃の必要性を具申、ミッドウェイ海戦でも敵機動部隊発見直後に陸上爆弾でも直ちに発進して攻撃するよう意見具申し的確な判断力を示しました。
水雷屋の南雲ではなく山口多聞こそ機動部隊の司令長官にふさわしかったのではないでしょうか?それによって太平洋戦争に勝利できたとまでは言いませんが、もっと日本海軍らしい戦いができたのではないかと考えます。