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書評『ノモンハンの真実』(古是三春著 光人社NF文庫)

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 古是三春は元共産党員篠原常一郎氏のペンネームです。ソ連の軍事大学フルンゼ大学が由来かと思っていたら、大学の名前になった革命期のボルシェヴィキ指導者の一人ミハイル・フルンゼから採ったそうです。以降は面倒くさいので篠原氏で統一します。篠原氏と言えば、共産党時代共産党ナンバー3だった筆坂秀世氏の秘書も務めた古参党員。筆坂氏と共に現実路線を主張し頑迷固陋な共産党執行部に疎まれ追い出された人物です。

 

 その後は軍事評論家・政治評論家としてネットなどで活躍されているので知っている人も多いと思います。元共産党員で連中のやり口を知っているために反日左翼にとっては最も煙たい存在でしょう。筆坂氏や篠原氏のようなまともな共産主義者(正常な議論ができるから)が党の実権を握っていたら自民党など保守側にも脅威だったろうし、国会論議も建設的なものになっていたかもしれません。篠原氏は党時代から軍事を研究し離党後は文筆業を本業にされています。軍事研究などで古是三春名で記事を書いていたのを何度か読んだ記憶があります。

 

 本書はそういう党時代のコネクションもフルに活用し実際にノモンハンの戦場を訪れただけに非常に説得力があります。ソ連崩壊後流れ出た機密資料にも精通していて大変興味深い本でした。一般の日本人は国境地帯であるノモンハンには入れないし、もし入れてもスパイ容疑で逮捕されるのがオチでしょう。今まで何冊かノモンハン関係の本は読みましたが、本書が一番実情を伝えていると思います。

 

 これまでのノモンハン関連書籍は、反日左翼思想に毒され一方的に日本軍を叩くものや、悲壮な玉砕をドラマチックに描いて日本人の感情に訴えるものばかりで少なくとも軍事に興味ある者にとっては食傷気味でした。対して本書は戦闘の経過を淡々と記し一切の感情を排したリアルなものです。軍事書籍はかくあるべしという代表だと思います。

 

 私が驚いたり興味を引いた点がいくつかあります。一つはノモンハンの地形。日本・満洲側が国境線を主張するハルハ河の東岸はなだらかな地形で東に行くほど下っているのに対し、西岸のソ連・モンゴル側は最高で比高50mほどの崖になっている点です。これではソ連側の砲兵陣地は全く見えないのに対し、日本側は丸見え。一方的に叩かれます。またハルハ河を渡河しても崖であるため登る道が限定されソ連軍は防御しやすい事。これでは戦う前から勝負はついています。

 

 もう一つは、戦車第3連隊、戦車第4連隊から成る第1戦車団を基幹とする安岡支隊の活躍。従来の説では旧式の日本戦車はソ連軍戦車に全く歯が立たず一方的に撃破されたというものでした。これは左翼作家五味川純平ノモンハンなど一連の関連書籍の影響が強く後の作家もそれに引きずられたのでしょう。しかし実態は戦場で一番重装甲だったのは何と当時新鋭の九七式中戦車で25㎜。ソ連軍が投入したBT‐7、T‐26などは最大装甲15㎜しかなく日本軍の九四式三十七粍速射砲はもとより八九式や九七式の57㎜短カノンでも有効射程に入れば簡単に撃破できたそうです。一方ソ連戦車の装備する45㎜戦車砲も当たり前に日本軍戦車の装甲を貫徹できたそうですから、先に砲弾を当てた方が勝つのです。日本軍戦車兵は支那事変で鍛えられていたため精強でソ連戦車兵に比べ格段に優れた射撃をしました。ですから最初の安岡支隊によるハルハ河渡河攻撃がある程度成功を収めたのはまさに日本軍戦車兵の練度でした。

 

 日本軍歩兵も九四式三十七粍速射砲や九二式七十粍歩兵砲を駆使してソ連軍の戦車や装甲車を数多く撃破しました。それがなぜ最終的に第23師団の損耗率70%以上という壊滅に繋がったかと言えば補給が続かなかったからです。また関東軍高級参謀辻政信に代表される軍指導部の無能。情報の軽視と「ソ連軍は撤退しつつある」という信じられないくらいの楽観論。呆れ果てました。こんないい加減な指導部に地獄の戦場に送り出された日本軍兵士は浮かばれません。

 

 私は本書を読むまで第23師団長小松原中将に関しては同情的な見方をしていたんですが、彼もまた楽観論に引きずられいい加減な指揮を行っていたと知って失望しました。彼も同罪です。許せないのは、これだけ大損害を出したのに辻は大東亜戦争でもエリート街道を歩み続け、ガダルカナルでは米軍の物量を見て「これはノモンハンの比ではない」と驚いたという話です。どれだけ無能なんだと目の前が真っ暗になりました。こんな偏差値秀才で現実的判断ができない馬鹿に指導されたら勝てる戦争も負けますよ。今の官僚にも通じるものがあると思います。

 

 一度痛い目に遭ったらそれを修正するのがまともな人間。信賞必罰が軍のエリートには適用されないダブルスタンダードで腐りきった組織では勝てるはずありません。もちろん反省もしないし、それを生かすこともしない。その中で英雄的な戦いを行い散っていた日本軍兵士たちを尊敬します。一方ソ連軍はゲオルギー・ジューコフという名将を起用し可能な限りの準備を行って作戦を実行しました。その彼をして「一番苦しかったのはノモンハンの時だ」と述懐させたんですから日本軍は頑張ったのです。ただ指導部の無能のためにいたずらに損害を出し続け、個々の戦闘では勝っても最終的にソ連の主張する国境線まで押し戻されたのは戦略的敗北でした。

 

 本書を読んで改めて日本軍兵士の戦いぶりに驚嘆するとともに、軍指導部の無能さに怒りを増しました。ノモンハン事件に興味のある方、一読をお勧めします。